先日、テレビで映画『そして父になる』を見た。
私は映画を見て涙が出たことは今までに2回しかないので、我ながら冷たい人間なのだろうと思っている。2回とは『シンドラーのリスト』とテレビドラマ『ルーツ』だ。泣いたといっても目の中で滲んだ程度だ。今回の『そして父になる』で、3回目の涙が滲む経験をした。
映画を観る前に結末を知りたくないという人がいるが、カリフォルニア大学の研究によれば、結末を知っていた方が作品を楽しめるという。
そのメカニズムは、あらかじめ結末を知っていた方が、作品に対する理解が深まり印象が良くなるためと推測しているという。
私も、音楽や芸術作品は解説や批評を聞いてから味わうとより感動する(というより、解説がないとほとんど理解できない)し、結末が決まり切っている水戸黄門の人気が絶大だったり、トリックものでも刑事コロンボが何度見ても、見れば見るほど面白いことを考えれば納得がいく。
そういうわけで『そして父になる』については結末も書いてしまおう。
病院で男の赤ちゃんを取り違えれられた夫婦が息子が6歳になってから知らされ、交換するかどうかを悩む話だ。主人公の福山雅治は高級マンションに住むエリートサラリーマンで、普段から仕事優先で子供に接する時間が少ない。悩みながらも交換しようと考えるが、自分とは対照的に貧しく卑しいながらも温かい相手の父親(リリーフランキー)との対比や、時々子供に貸していたカメラに寝ている自分の姿が何枚も撮られているのを偶然発見し(ここで滲んだ)、息子が普段どれほど寂しい思いをしていたかを知り、血のつながりの有無以前にそもそも自分はまともな父親ですらなかったことに気づくという話だ。それでこのタイトルなのだ。
映画の結末では、交換するのかしないのかは明らかにされないが、福山は6年間育てた息子を心から抱きしめる。
さすが賞をとった映画だけある。しかも驚くべきは子供たちの演技の自然さだ。いったいどうしてこうも他の映画と違うのだろうか。まるですべてアドリブで隠し撮りをしたとしか思えない自然さだ。
是枝裕和、恐るべし。
そういや、オダギリ・ジョーの「東京タワー」は泣けた記憶があります。最近は、映画ではないが、浅倉さやの「あなたに逢いたくて」山形弁バージョンで泣いてしまいました。「陽だまりの歌」でも泣けた。
張本智和くんと試合して偶然8-2でリードしたとき、張本くんが泣いていたのでビビりました。しかし、勝ったら一生自慢出来ると思い心を鬼にし勝ちにいきましたが結局逆転されジュースで負けました。泣きながら逆転勝ちされました。泣きながらでもしっかり勝つ、やはり、末恐ろしい男です。
僕も、この映画確か2年前のパリ往復フライトのどちらかで見ました。
とても感動的な映画ですよね。