当然といえば当然だが、田丸さんがここにもいらした。今大会では三脚での撮影が禁止されているのでこの1台だけと不満そうだった。
別の角度から撮ると、なんとなく檻に入っているように見えるから不思議だ。動物園の檻なのか刑務所の檻なのかはわからないが、ともかく暗示的だ。
第一試合が始まろうとしている。
藤井寛子と平野美宇の試合にはテレビ局や取材のカメラが何台も群がっている。
そのテレビ局の映像のモニターがなんと私のすぐ隣の席にある。
それを見ると、カメラ位置がとてつもなく高い。せっかく狭い会場なので下から映してくれるかと期待していたが、わざわざやぐらを組んでカメラを設置していた。そして床のカメラでは選手をドアップで追いまくって見難い画面を作っている(どうも平野美宇だけを前後両方のカメラで追っているようだ)。
なんともガッカリである。先日もある知人と話したが、テレビ局の人にカメラ位置を低くした方がよいと進言しても、「素人が何を」という感じで相手にされないのだそうだ。私が演出なら、競技領域の周りを暗くして床から撮影する。これだけで見違えるように面白い画面になる。
会場がどよめいた水谷の神業がこれだ。
吉村がカット性ブロックを水谷のフォアサイドに絶妙に送ったのだが、水谷は瞬間的に、このボールが、ネットを迂回して直接相手のコートを狙える点まで行くボールであると判断し、故意にボールの近づくのを遅らせてボールがその位置に来るのを待ち(ビデオを見るとそれがよくわかる)、見事、直接相手のコートに叩き込んだ。
このようなボールはフライトのほとんどが台の外なので、前後左右ちょっとでもズレると入れることはできない。しかも水谷は、軌道の頂点を台の高さからわずかボール1個分だけ上にコントロールしたため、ボールはほとんど弾まずに台の下に落ちていった。真ん中の写真は、ボールが台に弾んだ後、もっとも高くなった瞬間の映像だ。なんというコントロール!
試合には負けたが、全日本選手権決勝の最終ゲームでこのボールを打っただけでも水谷はひとつの偉業を成し遂げたと言ってよいと思う。
水谷が吉村のミドル付近に打ったドライブに対する、吉村の上半身だけで無理やりフォアで打ったプレーが見事だった。昔から卓球界ではこのような身のこなしを指して「柔軟性が優れている」と表現し「だから柔軟体操が大切だ」と言われてきたが、完全に間違いである。
卓球選手は、関節の稼動範囲よりもはるかに小さい範囲でプレーをしているので、いわゆる柔軟性は何の関係もない。このようなプレーを可能にしているのは、重力に抗して体を支える足腰の筋力なのだ。もし、このときの吉村の格好を床に寝て真似をすれば、誰でもできる程度の関節の角度のはずである。長谷川信彦に代表されるように、柔軟体操が苦手で筋肉の塊のような選手が卓球をすると体を柔らかく使えるのもそのためだ。
卓球は対人競技なので、強い選手同士が試合をしているのを見ると、ヘタな選手との差がどれくらいなのかは、よくわからない。
実際には、水谷や吉村のボールは全日本選手権にやっと出たぐらいの選手ではまったく返せないだろうし、その選手たちのボールはその辺のホビープレーヤーはまったく返せないのだ。
吉村の打っているボールがどれだけ凄まじいかを示すため、その軌道をトレースしてみた。水谷が打ったフォアドライブに対して、吉村が何気なくカウンターをしたところなのだが(それ自体が“何気なく”ではないのだが)、実はこのボールが物凄く曲がっていて、ほとんどエンドラインに平行に飛んでいるのだ(角度の関係でそう見えるので、実際はそこまでは曲がってないと思うが)。こんなもん、とてもじゃないけど触れるわけがないが、水谷は普通にブロックしている。大変なことである。