風呂場の大合唱団

ハゲの話も反響が大きかったようだが、体を洗う順番の話も結構メールをいただいた。その中で、「私は足の裏から洗いますが日本で6人しかいないのでしょうか」という女性がいた。女性週刊誌か何かで、「洗うことがマッサージ効果になり、下から洗うことで下半身に淀んだ血が上半身に流れていくので、下半身のむくみや疲れをとることができ、なおかつ下から洗う姿がエレガントだ」と書いていたのを読んで以来、それを実践しているのだという。

風呂場に入っていきなり足の裏ですか・・。こりゃどうやら日本に6人どころか、何百万人の単位でいそうである。人間の多様性は私の想像などはるかに超えているのだなあ。

風呂で思い出すのは大学の卓球部の後輩で私の2番弟子である田村のエピソードである。

田村がどこかの旅館だかホテルだかに泊まったときの話。共同浴場で中年男性の合唱団の団体に囲まれてしまったのだという。どうして合唱団とわかるかといえば、彼らが歌ったからである。
田村が体を洗っていると、何の合図もないままに、ひとりふたりと歌い始め、やがて異様に美しいハーモニーの歌声が浴場を満たしたのだという。ところが周りを見ると、誰も歌っている様子がない。全員が体や頭を洗ったままの姿勢であり、エコーもかかっているのでいったいどこから声が出ているのかわからないのだという。繊細かつ短気な田村の心境はいかばかりだったろう。そのうち、あろうことか天井でつながっている女湯の合唱員がこれまたひとりふたりと自然に加わり、「こーのーおーおーぞらーにーつーばーさーをーひろーげー」と「翼をください」の混声合唱が風呂場全体に広がり、エコーでぐわんぐわん響きわたってしまったのだという。田村は「こんな美しい合唱を只で聞けるのだから俺は幸運なのだ」と必死に自分に言い聞かせて乱れる心を鎮めるしかなかったという。実際、歌声はすばらしく美しかったらしいので何の問題もなさそうである(歌っているのが全裸の中年男女である点をのぞけばだが)。

考えてみれば、エコーのよく効く環境に複数の合唱員が投げ込まれれば「歌うな」と言われても我慢することはほぼ不可能なのに違いない。しかもこの場合、なにしろ「美しい」のだから彼らの主観では我慢する理由もないのだ。卓球部員でいえば、銭湯で全身が映る鏡の前に立つとつい素振りをしてみたくなるようなものだろうか(荻村伊智朗は実際に銭湯で全裸で素振りをしているので学校で有名だったというが、軸がブレないようにするのにかなり役にたったことだろう)。あるいはラケットとボールをテーブルに置かれて「ラバー触るなよ」とか「球突きするなよ」といわれるようなものだろうか。これはキツイ。

ともあれ、エコーの効く場所での合唱団員には要注意である。