降雪地帯で育った男子なら誰でも、厚く降り積もった雪に立小便をして雪を溶かしたり模様を描いたりする楽しみを理解してもらえると思う。
「ある職場で、トイレの小便器の中心に小さな虫の絵を描いたところ、便器を汚す人が激減した」という話を聞いたことがあるが、なるほど、と思わせる作り話だと思う。確かに便器に何か付着物があるとそれを狙いたくなるのは事実だが、そもそも便器を外す人は外していいと思ってやるわけではない。外れたら自分だって汚れるし、誰だって外すまいと便器の真ん中を狙っているが、それでもなおかつ諸事情によってあらぬ方向に飛散するのだ(毛とか皮膚の粘着とかな)。男子ならわかってもらえると思う。あるいは酔っ払ってどうにもならないときかである。どっちにしても、便器に虫の絵を描いたところでこれらを防げる道理がない。
大学時代、平日に山形蔵王というスキー場に行ったときのことだ。ほとんどのコースを滑ったので、珍しいところを滑ろうと人気のないコースに行ってみた。なぜ人気がないかといえば、そこのリフトが古く、一人乗りでしかも遅く、なおかつ異常に長いからなのだ。それでなくても人がいないのに、平日だったため、ほとんど無人状態であった。乗って中腹まで来て前後を見渡してみると、前にも後にも下にも、見渡す限り誰もいない。冬の雪山でたったひとりである。ふと気づくと尿意がする。
「今こそ記録に挑戦するときだ」と私は思った。私は、苦しくなくて努力も要らず、ただやればよい類のことは積極的に挑戦するのだ。それで、動き続けるリフトに乗ったまま2,30m下の地表に向かって小便をするという記録に挑むことにした。やってみるとこれが大変である。当時のスキーウエアはワンピースでこそなかったが、ズボンは胸まであるのだ。まず上着をはだけ、ズボンのチャックを胸から下ろさなくてはならない。椅子を濡らすわけにはいかないので、椅子から尻を半分前にズラさなくてはならない。危険だ。もちろんズボンやスキー板を濡らすつもりもないし、右手の手袋を外すタイミングだって考えておかなくてはならない(これは必須である)。これを一人乗りのリフトに乗ってストックを2本持ったまま人影を気にしながら制限時間内にやるのだから、半ば命がけのようなものである。事故を起こしたときの恥ずかしさもプレッシャーとなる。やっとの思いで最終段階に来たのだが、なぜか出るはずのものが出ない。「ここまできて止められるか」としばらく待って、無事に大記録を達成したのであった。見事な放物線が新雪の上に舞った。
もしかしてスキー部の人とか小さい頃からスキーをやっていた人たちはしょっちゅうやっているのかもしれないが(やるかよ)、素人の私としてはこれが大満足の記録である。