コーヒー牛乳を長崎宏子に

西公園プールで監視員をしているとき、中学校の水泳大会が開かれたことが何度かあった。ある大会のとき、私が休憩で事務室に入っていくと、けが人のためのベッドに水着の女性がバスタオルを肩にかけて座っている。

気にせず持参したコーヒー牛乳を飲もうとすると、所長が「なんだい条太、長崎さんにもあげだらいっちゃ」と仙台弁で言った。長崎さんもなにも、わたしはそんな人、聞いたこともない。しかも唐突に飲み物をあげろとはどういうことだ。しかし、なにかただならぬ雰囲気を感じたので、私は深追いせずに「はあ・・どうぞ」とだけ言って恐る恐る紙パックのコーヒー牛乳をコップに注いで差し出したのだった。後でその人は、まだ中3なのにオリンピックに出るかというほど有名な水泳選手で、中学校の大会に出に来て、足を怪我をして休んでいたのだと知った。そう思って後から気をつけてテレビを見ると、かなり有名であることが分かり、なんだか損をしたような気がした。

私のコーヒー牛乳を彼女が飲んだかどうかは覚えていない。ただ、まったく無言で少しも笑わず、愛想がなかったことだけははっきりと覚えている(知らないオヤジたちが好奇の眼差しでよってたかってコーヒー牛乳など飲ませようというのだから当たり前だ)。