錯覚とマジック

錯覚に関する素晴らしいサイトを見つけた。
http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/index-j.html

「この目で見たから確かだ」などという人がいるが、人の目はあてにならないことがよくわかる。

錯覚と言えば、手品にも錯覚を利用したものが多い。
私は手品にとても興味があって、ときどきその芸術的なタネに、人間の英知の深さを知って感動したりしている。どうやってタネを知るのかって?わかるまでコマ送りして見るのだ(笑)。だから録画しなかったらわからない。ヒマなんだな、と思われるだろうが、他のことを削ってやっているのだ。風呂とか。

私が特に感動するのは、不可能性を強調するための演出そのものが、実はタネになっているような手品だ。たとえば、フランツ・ハラレイという人が、何もない空間から突如、ジェット機を出現させるマジックを発表したことがある。突如といっても、一旦カメラの前に幕を貼ってから、その幕をよけるとジェット機が出てくるというものだ。幕は画面のフレームより小さいので、上下左右から出入りすればすぐに分かるが、そういう気配はない。普通、これを見れば考えられるタネは、ジェット機がチャチな偽物や写真である可能性と、床下に大きな穴があいている可能性だろう。

ハラレイは、この二つの可能性を否定するため、これを「背景に建物ひとつない本物の飛行場の滑走路で行い、出現したジェット機に人が乗って飛び立つまでを、固定カメラでノーカットで連続撮影して見せた」のだ。そして、実はここに書いたことがそのままタネに密接に関係しており、この演出でなければ不可能なマジックだったのだ。タネを知ってこれほど感動した手品はなかった。

マジックもこういうエレガントなものだけならいいのだが、最近は、単なるカメラトリックやサクラだけのものが氾濫している。画面の一部に時間を表示して脱出をするマジックなどがあるが、カメラを切り替えたときに人の位置や光線の影、布のヒダなどから、別に撮影された映像であることが分かることがある。ひどいのになると、あるものを破る様子を撮影して、それを逆回しで再生して「破ったものをつなげる手品」をやったりする奴もいる。視聴者には、現象だけがすべてであり、巧妙なアイディアだろうと卓越した技術だろうとカメラトリックだろうと違いはないのだろうが、いくらなんでもこれはひどいのではないだろうか。

これでいいなら、いっそのことルックスの良いアイドルにCGを使った手品をさればよいではないかと思ってしまう。本当に出てきたりしてね、そういうのが。