子供の自由な感性

9歳の息子が国語の勉強で、自由に何かを書く課題のところで、なかなか面白いことを書いた。

「テレビはぜんぜんはずかしがらない。みんなにじーと見られても、もじもじしないでじっとしている。」

普段、恥かしがりの三男らしい目の付けどころで、面白いなあと思った。でも、これを素直な子供の気持ちだと思ったら大間違いだ。

小学校4年生ぐらいのとき、詩を書かされた。クラスのある女子が「空の雲はどうして浮いているんだろう。空に磁石でもついているのかな」という意味の詩を書いて先生にえらく褒められた。「バカ、空に磁石などあるわけないだろ。そんなことわかってるくせに『子供らしい自由な感性』を演じて大人を喜ばせようと思って心にもない恥かしいことを書きやがって。だいたい、雲は磁石につかないだろ。」と苦々しく思ったのを思い出す。こういう、子供に対する幻想の欺瞞性みたいなものが私はとても嫌だった。こういうのは、素直な自由な感性などではなくて、そういう幻想を前提とした単なる作文技術なのだ。それならそう指導してくれればよかったのにと思う。私は「感じたことを書きなさい」という指導を本気にして、いつも本当に思っていることを書いていたので、作文で先生に褒められることはなかった。

念のため三男に「本当にテレビに対してそんなことを思っているのか、それとも人が喜びそうだから書いたのかどっち?」と聞くと、後者だという。安心した。前者だとしたら病院に連れて行かないといけない。