月別アーカイブ: 11月 2009

パンク

私はロックが好きだが、そのくせ、マスコミなどで「ロック魂」「生き方がロックだった」などという表現を見ると、何か気恥ずかしい気持ちがする。今、こう書いていてもとても居心地が悪い。

それは、世間一般に思われているロックのイメージが「不良」「暴力」「粗暴」というものであり、私はもともとそういうものは嫌いだからだ。ニュースなどでロックという言葉が出てくると、ロックを肯定する内容であっても「本当はバカにされてるんじゃなかろうか」と思ってしまうのだ。

困ったことに私がもっとも好きなのはパンクロックという種類のロックで、もっとも過激で暴力的なロックなのだ。1977年のこの映像を見てほしい。
http://www.youtube.com/watch?v=TwUpZDf3aDA
技術も何もない、勢いだけなのだが、私はこのバンド、クラッシュに完全にノックアウトされているのだ。
ジョー・ストラマーのギターはただ痙攣しているだけだし、ポール・シムノンのベースはかっこばかりつけていてろくに弾いてないように見えるし、ミック・ジョーンズのギターは「もう一回同じフレーズ弾けねえだろ」と言いたくなるようなめちゃめちゃさだ。そこがかっこいい。

さて、私が否定している不良少年と、私が肯定しているクラッシュは何が違うのだろうか。彼らはただ音楽の才能があっただけのチンピラなのだろうか。そうは思いたくないが、実はそうなのかもしれない。

さらにこうも考える。クラッシュはロック史に残る偉大なバンドだから私は認めているが、もし今、同じ質の若いバンドが日本で登場したら、私はその価値を素直に認めることができるだろうか。できないような気がする。

この矛盾がどうにも困るのだ。

寄せ書きラケット18,120円で落札

寄せ書きラケットが最後には2万円近くの値がついて落札されたようだ。こんなものをほしがる人が複数いたとは嬉しい驚きだ。

18,120円という半端な値段に、競り合いで負けた人の最後のあがきが見て取れる。私は入札しなかったが、自分がほしいときは、落札前にブログに書くのは厳禁だと分かった。

500円でほしがっていた2番弟子の田村が「公開先に立たずですね」と書いてよこした。

卓球マニア

ゲストブックにK.O.さんという卓球マニアの方から、寄せ書きラケットのサインの主について情報が寄せられた。どうも、宮田俊彦と長谷川清隆という人がいるらしい。しかし、手元の当時の卓球雑誌では確認できなかった。よくこんな人たち(失礼)を知っているものだ。

オークション開始時、500円だったのに、今では1万円になってしまっている。このブログに書いたせいだろうか。

ところで、オークションを良く見ると、ラケットには両面書かれているらしく、藤井基男、長谷川喜代太郎、野平明雄、児玉圭司などの名前が見られる。

問題は、中央付近にある、中心に点の打ってある円だ。これはもしかして、田中利明の「田」ではないのか。そういえばその隣にある小さい模様が「中」のように見えなくもない。その近くにあるアルファベットはもしかしてToshiakiではないのか?
しかし田中利明がわざわざアルファベットを書くようにも思えないし、そうも読めない。

本当は誰なのだろうか。

超ド級

「超ド級」と書いたが、このドとはなんだろうか。単なる強調のドなのかと思うとそうではない。これはイギリスの戦艦、ドレッドノート号の略なのだ。つまり、超ド級とは、「戦艦ドレッドノート号を超える戦艦」という意味であり、これが転じて破格のクラスのものを表すようになったのだ。だからドを漢字で書くのは当て字で、片仮名でドと書くのが正式だ。こんなことまで辞書にはちゃんと載っているのだ。

辞書は本当に面白い。もっと楽しい発見を期待して、電子辞書を「あ」からすべて読もうとしたが、2度ほど断念している。たぶん一生できないのだろう。

ヤフオクの寄せ書きラケット

知人から、ヤフーオクションに貴重なラケットが出品されていると情報があった。
1956年世界選手権東京大会の日本代表選手たちの寄せ書きラケットだ。
http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/129953115

それぞれのサインの主を当時の卓球雑誌をあたって調べてみた。

まず簡単に分かるのは荻村伊智朗、富田芳雄、角田啓輔、大川とみ、渡辺妃生子だろう。

ちょっと難しいのが川井一男、設楽義子だ。何が難しいって、読むのがではない。失礼ながら、あまり有名ではないので、あまり知っている人がいないという意味だ。

そういう意味で上級編は次の3名だろう。

坂井昭一、金田一丈夫、田坂常雄

後半2名は選手ではなくて、日本選手団長と監督なのだからさすがの私も知らなかった。

最後までわからなかったのが、右端の縦に並んでいる2名と左下のやつだ。右のは田中良子と読めなくもないが確信がないし、左のは長谷川と書いてあるように見えるが、長谷川喜代太郎なら総監督なのだが、どうも喜代太郎には読めない。

なんといってもこの寄せ書きの最大の欠陥は、田中利明と江口富士枝がないことだろう。こんな超ド級の選手のサインがないなんて。

ところで、設楽(したら)義子っていうのは、山形出身でもあることだし、私の隣の大学にいた設楽選手のお母さんか何かなのだろうか。卓球が得意な設楽という名字の人がそういるとも思えないし、顔写真も似ている。

それにしれも、字を見るだけで荻村伊智朗はなんかカッコいい。ただの字なのに、もう、光って見えてしょうがない。松下浩二が、自分の試合のビデオを見ていて、不意に荻村伊智朗が登場しただけで緊張するという。なんともすごい人がいたものだ。生きているうちに会いたかった(下手な記事を書いて抹殺されていたかもしれないが)。

社内卓球の奇妙なルール

昼休みの卓球は今も毎日続いている。

私はときどきそれを見に行くのだが、先日からちょっと気になる光景を見ていた。ときどき、台上で2バウンドするサービスを見逃してノータッチする場面があるのだ。いくら動きが悪いアメリカ人とはいえ、それほど短くもないサービスにノータッチとはおかしいし、第一、わざと動きを止めている様子がある。

先日、ちょうどそれがゲームの最後の場面であったため、ノータッチをしたレシーバー側に点が入ったことが分かった。驚いて、「今、どうしてこっちに点が入ったの?」と聞くと、「だってダブルスでは2バウンドするサービスはミスだろ」と言うではないか。どうも、”卓球通”であるデリルがそういうルールをみんなに教えたものらしい。ミスどころか普通の卓球の試合では、長いサービスはすぐに相手に攻撃されるので、90%はショートサービスを使うのだ。

会社のアメリカ人たちはずっとデリルの誤ったルールを信じていたのだった。私が卓球のラリー回数を多くするために考えていたルール改正案と奇しくも同じであった。

1986年 ロックンロールオリンピック in 菅生

ロックが好きなのにミュージシャンやファンの素行の悪さが嫌いである矛盾の続きだ。

それを初めて強く感じたのは1986年に宮城県菅生であったロックンロールオリンピックという野外コンサートだった。ルースターズとスターリンを目当てに行ったのだが、ファンたちが中高校生ばかりで、すでに22歳だった私は場違いなところに来てしまったような気がした。レコードは聴いていたが、コンサートにはほとんど行ったことがなかったのだ。

ロックンロールオリンピックは、朝から晩まで何組かのロックグループが順番に出てくるお得なコンサートで、当時、毎年夏にやっていたイベントだった。

客席は椅子もないただの芝生なので、人気グループが出てくると客たちは一斉に前列に押しかける。そのたびにDJが、前の人が怪我をするので前に押しかけないように注意をしていた。何度注意をしてもほとんど効果がないようだったが、あるときついにこのDJの我慢が限界に達した。突然、声色が変わり「お前ら、止めろって行ったら止めろ!」と怒鳴ったのだ。そこまではいい。次にこのDJは「お前ら、女の子のひとりも守れねえのかよ」と言ったのだ。なんだそれは。いったい、何がこのDJにこんな不良同士の仁義のような奇妙な台詞を言わせたのだろう。このDJ本人が、大人にもかかわらず本気でこのような価値観を持っているのか、それともロックファンの中高生ならこう言われればその気になって反省すると思ったのだろうか。とにかくこの不快感は忘れられない。

さらにこのDJ、怒りが収まらないと見えて、ファンたちに説教を始めた。はっきり覚えているのは次のような台詞だ。「どうせお前ら、こうやってロックだなんだと大騒ぎしてるけど、あと2、3年もすれば綺麗にスーツ着て大人しく就職活動して、電車に揺られてるんだろ?」と批判したのだ。わけが分からない。一緒に行った、中学教師を目指して就職浪人をしていた友人が「間接的にオレが批判されてんのか?就職のどこが悪いんだ」と言った。

このDJの主張を要約すると、どうもロックファンは、コンサートでは会場の秩序ではなくて女の子を守るために前に押しかけないようにして、なおかつ就職はしないものらしい。

こいつ、たまたま自分がDJという職を得ているからそんなことを言っていられるんであって、DJの才能も音楽の才能もない大多数の凡人にそんなことを勧めてどうしようというのだろう。この世界では物事がわかっていないこんな人間が大きな顔をして、あろうことか中高生に説教までしているのだ。

ロックという表現は大好きだが、その周りにたむろしているこういう人たちとは絶対に関わりたくないと強く思ったものだった。

ジュンくんの逆襲

ガンダムが面白くなかったことをブログに書いたら、さっそくジュンくんが説明にきた。

家で奥さんと話したところ、「いきなりアニメ50話は確かにきついので、もっと解りやすい劇場版映画を見せた方が良い」という結論になったそうだ。それで、さっそくそのDVDを持ってくるという。しかしその映画は3作あるので、合計6時間は見てもらいたいそうだ。絶句・・。

さらにジュンくん「ガンダムのプラモを作ると好きになるかもしれません」と、いかにガンダムのプラモデルが精巧にできているかを手振りをまじえて力説してくれた。いきなりプラモ。順番が逆のような気がするのだが。

ジュンくんは、ガンダムのプラモデルを、色違い、表面仕上げ違いで何種類ももっていて、そのすべてを組み立て用と保存用に2セットづつ持っているという。「実家においてきた分が多いので全部見せられないのが残念です」と語る。ま、残念・・かな。大学のときのアニメファンの女性クラスメートが、アニメ雑誌を保存用と切り抜き用と通常使用用に3冊づつ買っていたのを思い出した。

ガンダムファンはすごい。ちなみに、ここの赴任者の中にもう一人ガンダムファンがいて、すでに会合をもっているようだ。

嗜好の矛盾

ときどき、自分の好きなものに矛盾があることに居心地の悪さを感じる。

その最たるものがロックだ。私はビートルズを初めとするロック、中でもパンクロックが大好きなのだが、ロックのファッションとかいわゆる不良の人たちは全否定である。だから、日本のロックミュージシャンが粗暴な話し方をするのを聞くと、なんとも複雑な思いにとらわれる。そういうものはもともとロックが持っている要素だとはわかっているのだが、受け入れられないのだ。その自分の矛盾がとても嫌なのである。

他にもある。自動車の模型は好きなのに、本物の自動車には興味がない。野球マンガは好きだが、野球には興味がない。歴史には興味があるのに現実の政治には興味がない。ワルドナーを神とあがめているのに自分はシェーク両面表ソフトだ(これはいいか)。緑茶は問題ないのに抹茶の入った菓子は嫌いだ(これもいいか)。

こんなことを気にかけているのは私だけだろうか。

ガンダムオタク

2ヶ月前に赴任してきたジュンくんが、極端なガンダムオタクだ。なにしろロボットアニメはガンダム以外は見ないというのだから、アニメオタクですらない、ガンダムオタクなのだ。

私も小学校の頃まではロボットアニメを見ていたが、卓球を始めてからは部活の時間との関係もあって、自然と見なくなってしまった。ガンダムといえば覚えているのは、高校のときに隣の席の奴が、「普通のアニメと違うんだ」と言って絶賛していたことだ。

それで、いつかは見なければならないと思っていた。ジュンくんにそれを言うと、当然のようにDVDセットを持っているという。それで借りることになった。

ジュンくんは何も言わなかったが、家に帰って包みを開けて愕然とした。ボックスの表面の透明フィルムが新品のままなのだ。「破るなよ」というジュンくんの無言の圧力を感じる。「うわ」と思いながらカリカリと爪の先で止めてある粘着テープを剥がしてフィルムを開けてそのままの形でボックスを抜き、高いところに置いて「さわることも捨てることも禁止」であることを家人に伝えてからDVDを見始めた。

しかし残念ながらどうにも入り込めない。翌日、ジュンくんに「面白くない」と正直に言うと、まだ2、3話では面白くないはずだという。何話見ればいいのか聞くと「半分くらいは見ないとダメです」という。半分ってことは25話、ざっと10時間かよ!なんだか絶望的な気分になってきた。

このまま見るべきだろうか、止めるべきだろうか。

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