藤井則和 対 ディック・マイルズ

ジャク・ハワード(Jack Howard)76歳。こういう人だと知ったら、もう卓球どころではない。「お話を聞かせてください」とソファに座ってメモ帖を取り出し、話を聞いたのだった。

ここで聞いた話は珠玉の話で、もう雨のグランドキャニオンなどスコンクで全然勝負にならない素晴らしい話だった。私たちが話し込み始めると、まわりにいた若者たちは何ともいえない微妙な表情をしてひとりふたりといなくなったが、これもいつものことだ(腰を出したお姉ちゃんもいなくなってしまった)。大体私と話が会う年配の方は概して昔話が好きであり(しかも長い)、当然、いつもそれを聞かされている若者たちはうんざりしているに違いないのだ。年寄りは年寄りでいくら話しても話し足りない(あるいは話したことを忘れてる)のが世の常だ。

なにしろこのジャック、藤井則和とディック・マイルズの模範試合を見たと言うのだから耳を疑う。「本当にフジイか?」と何度も念を押したが、間違いなく藤井のことだった。ペンホルダーで一枚ラバー、フォアハンドのフォームまで真似して見せたのだ。ラケットヘッドが立っていてシェークハンドのように見える持ち方だったそうだ。そういえばそういう写真が残っている。藤井といえば才能の点では日本卓球史上最高と今でも言う人がいるほどの伝説的な選手である。その藤井がマイルズと米国で試合をしたのはおそらく1950年前後だと思われる。今から60年前だ。その時ジャックは16歳だから、見たとしても何も不思議はない。不思議はないが、いや、それにしても驚いた。藤井とマイルズの試合を直接見た人と会ったのはこれが初めてである。