交差歩のフットワーク

田村に誉められたので、引き続きジャパン・オープンの分析をしよう。

今度は、シングルスのフットワークだ。

日本卓球界では昔から、交差歩がフットワークの基本のように言われてきた。
そして、フォア側にとびつくときには、交差して前に出す方の足のつま先をボールを打つ方向に向けるのが基本とされてきた。卓球雑誌や本にもそう書いているし、指導ビデオでも一流選手がそういう手本を示すし、私もそのように教えられた。

ところが、実戦の映像を見ると、ほとんどの選手がこれを守っていないことに気づくだろう。馬琳だろうが柳承敏だろうが、飛びつくときのつま先の向きは、動く方向を向いているのであり、ボールの方向など向いていない。

第一、現代卓球では、交差歩の頻度自体が極めて少ない。

試しに男子シングルス決勝のボル対水谷の試合のフットワークを分析して見た。試合は4-2でボルの勝ちだったので、全部で6ゲームだ。ただし、向こう側のコートだと足の形が見えない場合があるので、分析対象は各ゲームとも手前側の選手だけとし、したがって選手あたりの分析ゲーム数は3ゲームづつとした。

その結果、それぞれの選手が交差歩を使った回数は次のようになった(ただし、打ち抜かれて諦めたような場面や、飛びついたはいいけど相手のボールが入らず、打つ必要がなかったときに足が交差していたような場合まではカウントしていない)。

ボル 6回
水谷 4回

すべてのラリーの足を見続けたが、たったこれしか交差歩を使ってはいない。そして、そのときのつま先の向きはどうだったか。ボルが2回だけ斜め前方を向いていた(左の写真)が、それ以外の4回はすべて真横を向いていて、打ったボールの方向を向いていた場合はなかった。斜め前方を向いていたときも、ボールの打った方向に対しては90度もずれている。水谷は4回すべてが真横を向いていた。

つまり、つま先を打つ方向に向けることができるような時間的余裕がある場合にはそもそも交差歩を使わないのだ。腰の回転をあきらめ、腕と上半身のひねりだけでかろうじて打球するようなケースでだけ交差歩を使うのだ。

であるならば、練習もそのようにして、その体勢でのボールの威力と安定性を増すべきだというのが私の考えである。実戦で絶対にやらないような打ち方が何の練習になろうか。たとえ一流選手がそういう練習をしていたとしても、彼らの練習がベストである保証はない。その練習が間接的に役に立っている可能性は否定できないが、支持する証拠もない。せいぜいが、「否定はできない」という程度のものだ。練習を進化させるためには、そのような根拠のない定説から解き放たれることが必要なのだ。むしろそこにこそ改善のタネが転がっていると考えるべきだろう。

根拠の示せない定説をとるか、100%の事実をとるかだ。私は事実をとる。これが先月号の原稿に書いた「実戦の動きをとことん観察し、分析していく」ということの意味である。何も難しいことではない。先入観を取り払ってビデオを見れば誰でもわかることである。「現在手本だけを追っていたら新しい卓球を生み出せないのではないか」という批判が聞こえてきそうだが、現在手本すら正しく認識できていないのでは新しい卓球もクソもないではないか。