月別アーカイブ: 12月 2010

王皓のフットワーク

同じく、2009年横浜大会男子シングルス決勝の王皓のフットワークを調べて見た。
4ゲーム80スコア分だ。

王皓が交差歩のフットワークを使ったのは7回であった。スコア比は8.8%である。
ご覧のように前陣といえる位置で交差歩を使ったのはほとんどない。しかし、そもそも王皓はほとんど台の真ん中で両ハンドを振っているのだからそれも当然である。

考えてみると、交差歩を使うかどうかは、基本のプレー位置とリーチの長さによっているだけのような気がしてきた。現代卓球で交差歩が少ないように見えるのは、両ハンドスタイルが流行していることの現れに過ぎないようにも思える。

また、写真右は王皓の典型的な交差しないフットワークだが、交差歩との違いは左足の滞空距離が短いだけであり、基本的には同じもののような気もする。

つま先の向きをボールに向けるというのは無理なことだとして、交差歩自体が古いとかダメだというのはちょっと違う気がしてきた。やむを得ず大きく動くときには交差歩は必要だが、そもそも大きく動かなくてはならないような不利な卓球をしない方が良いということかな。そして、いつもそういう大きく動く卓球をしていると、必要ない短い移動のときまで交差歩を使ってしまうのかもしれない。これは推測で確証はない。

王励勤と馬琳のフットワーク

2009年横浜大会男子シングルス準決勝、王励勤と馬琳のフットワークを調べて見た。
7ゲーム134カウント分である。

その結果、交差歩の回数は次のようになった。ただし、追いついて入ったかまたは入りそうだった場合だけをカウントした。打ち抜かれるような場合には交差歩なのが当たり前だからだ。

王励勤  2回(スコアの1.5%)
馬琳  26回(スコアの19.4%)

王励勤は背が高いこともあり、交差歩を使ったのはたったの2回で、そのうち1回は逆を突かれて後に動いたケースだった(写真左)。

馬琳は普段の印象どおり交差歩が多かった。ただし、26回のうち、10回は、ロビングを含んだ中後陣でのものであり(写真中央)、いわば交差歩を使って当然のケースである。前陣で交差歩を使ったのは16回(写真右)であり、これだとスコア比は11.9%となる。私がどの程度の位置を前陣と分類したかは写真を見て各自判断されたい。裏面を使う馬琳が柳承敏より多くの交差歩を使うのは意外といえば意外である。

こうなると「交差歩は現代卓球にそぐわない」という持論が怪しくなってきた。もっともどちらにしてもある状況では交差歩が必要なことは間違いないのだが、問題はそれをメインのフットワークとして練習するのが効率が良いかどうかだ。馬琳でも1ゲームに4回しか使わないのだから、どう考えてもメインに練習するべきものではないような気がする。

理不尽な指導

卓球の指導の現場で、理不尽な場面に出くわすことがある。それは、指導する側が、事実と違う動きをアドバイスすることだ。指導者自身がやっているように選手にやらせようとするのだが、実は指導者自身が自分が実際にやっていることを認識できていない場合があるのだ。

私が初めてそのような体験をしたのは、卓球を始めたばかりの中学生のときだ。ツッツキ打ちに対して先輩が「上から打て」とアドバイスしたのだ。そして私にそのように強制をするのだが、自分が見本を見せる打ち方はどうみても下から上に振っているのである。こういうのが非常に困るのだ。

横上回転のサーブはこうやるんだ、と言ってインパクトの様子をスローで見せたりするが、実演すると全然それと違ったりする。しかし指導する方は、自分はそのスロー演技の通りやっていると思い込んでいるので、選手がそのようにやらないと怒るのだ。これはキツイ。

もし皆さんがそのような指導をされたら「これはたまたまそう見えるだけで、本当はちゃんとできるんだろう」などとは思わないで「この人は自分がやっていることを認識できていないんだな」と思うべきであり、それを指摘するしかないだろう。その結果、袋叩きにされるかもしれないが責任は持てないので悪しからず。

卓球指導書の検証

左右のペアのダブルスのコース取りと、シェークのグリップについて、最近の指導書を検証して見た。

その結果、ダブルスのコース取りについて、近いことを書いていたのは松下浩二の『勝つ卓球!!』(卓球王国刊)だけだった(卓球王国のでよかった)。『最強の秘密』より徹底していない現実的なコース取りのため、印象が薄れる書き方になっている。

シェークハンドの手首の曲げについて書いてあったのは一冊もなく「自然に握ること」とあるだけだった。それどころか、ある本には「手首は曲げないこと」と書いてあるのに、見本の写真には曲げた手首の写真に直線が引いてあった。どうも日本人には真っ直ぐなものに対する信仰のようなものがあるのではないだろうか。

その他、複数の指導書に交差歩のフットワークが載っていて、左足を打球方向に向ける、実戦で使わない「模範プレー」が踊っていた。

シェークのグリップのコツ2

もうひとつのポイントは手首の曲げだ。

シェークハンドを普通に握ると、柄が前腕に対して60度ほど立った状態になる(写真費左)。これではドライブのときに手首を使ったとしてもボールを上に持ち上げる方向ではなくてシュート回転を書ける方向にしか使えないし、リーチも短くなる。

実はもともとシェークの人たちは、無意識に手首を下に折り曲げることで柄が前腕に平行に近くなるように持っているのだ(写真中央)。ところが卓球の指導書などにはこれは書かれていない。「自然に持てばラケットは前腕と平行になる」などと書かれている。それどころか「手首は曲げないように」とも書かれている。これを守って手首を曲げずにラケットを前腕と一直線になるようにするにはどうするか。写真右のように、手のひらの中でグリップをずらし、一本差しのように握るしかない。

以上のプロセスを経て、ペンからシェークに転向した人は異様にラケットヘッドが立ったグリップか、または「バックハンドグリップの一本差し」という、一目でそれとわかる、まるでフライパンを持ったようなグリップになるのだ。

ひとこと「シェークは手首を下に曲げてラケットが前腕に対してまっすぐになるようにする」と言われれば、どれだけ沢山の人がスムーズにシェークに転向できることか。
もっともこれはあくまで、普通のシェークのドライブをしやすいグリップにするための話である。結局はボールが入って勝てればそれで良い、いや、同じ入るならむしろ奇異なグリップの方が相手はやりにくいわけだから、こうしなくてはならないということではない。

ちなみに、もともとシェークであっても、カット型やブロック型の選手にはラケットヘッドが立っている選手が多い。言うまでもなく、フォアドライブの使用頻度が少なく、ラケットヘッドが立っていても支障がないためだ。むしろカット型はテイクバックで手首を上に曲げるのが基本だし、ブロック型はミドルをカバーする必要から、ラケットヘッドが立つのが自然なのだ。だからこそ両者ともに攻撃はぎこちない打ち方になり、それはそれで相手が反応しにくいという副産物を生み出している。

これだから卓球は面白い。

シェークグリップのコツ

今度はグリップ談義だ。年末のヒマなときに一日家で好きなことを書くのは楽しい。よく年末は忙しいと聞くが、私は年賀状も出さないし大掃除もしないのでヒマであり、大変に楽しい。

今回の話は、シェークハンドのグリップの話だが、もともとシェークだった人には関係がなくて、ペンホルダーからシェークハンドに転向した人にだけ当てはまる話だ。私は約20年前にペンからシェークに転向したとき、とても多くの発見があったのだ。

重要なことが2つある。ひとつは、前腕に対する面の角度だ。ご覧のように、ペンは親指と人差し指の作る面がラケット面になる(写真左)のに対して、シェークは手のひらの面がラケット面になるので90度ズレているのだ。だからもしペンのときの前腕のままシェークを持つと、当然ラケット面は真下を向いてしまう(写真中央)。だから前腕を90度ひねらないといけないのだが、長年ペンをやっていた人が急にシェークに持ち返るとこの前腕の角度になじみがないため、手のひらの中でラケットを回して無理やりペンのときに近い前腕のままボールを打ちがちなのだ。

つまり、右の写真のように、ブレードの端が人差し指の方に寄った、いわゆる「バックハンドグリップ」になるのだ。

斎藤清と岩崎清信のフットワーク

ここまでやれば当然、昔の日本選手のフットワークはどうだったのか知りたくなるのが人情というものだ。

そこで、1991年の全日本選手権決勝の最後の2ゲームのフットワークを分析した。
当時は21本制なので、2ゲームで75ポイントあった。そのうち、交差歩を使った回数は次のようになった。

斎藤清  23回(全スコアの31%)
岩崎清信 18回(全スコアの24%)

柳承敏の8%と比較してやはり格段に多い使用頻度である。特に斎藤は、フォアサイドに来るボールは半分以上を交差歩で打っていた印象だ。

岩崎にいたっては、左ひざの異様な高さと、ときにはバックサイドで打つときでさえ足が交差することから、交差歩が移動のためだけではなく、フォアハンドスイングの一部になっていることが伺われる。つい80年代まで、飛びつきのときにはひざを高く上げることが重要だとされていたくらいだから当然のことだろう。

当時は日本の誰もがこのような卓球を指導していたし、私の推測では、実績のある指導者ほど過去の常識にとらわれて新しい卓球に目を向けないし、見たとしても理解できない人がほとんどだから、彼らがこのような卓球をしていたのは当然である。

斎藤清はこの卓球で1989年アジアカップで、すでに現代と遜色ない卓球を身につけていた馬文革と陳龍燦を破って優勝したのだから、本当に化け物である。あと5年早い卓球を身につけていたら間違いなく世界チャンピオンになっていただろう。

卓球の進化の影にはこのような悲喜劇があり、それは複雑多様なスポーツである卓球競技の厚みそのものを表している。

柳承敏のフットワーク

朝一番に、ブログの読者から「自分はペンホルダーでコーチに交差歩のフットワークを指導されています。裏面を使わないペンホルダーである柳承敏などのフットワークについてもぜひ分析をお願いします」とメールが来た。

もっともな疑問である。柳承敏ほどフォアハンド主体の選手なら当然、動く幅も大きいから交差歩を使う頻度は格段に多いことは容易に想像できる。

そこで、誰でも検証できるように、もっとも有名な試合である、2004年アテネ五輪の男子シングルス決勝の王皓戦の柳承敏のフットワークを調べて見た。そう、凄まじいフットワークで王皓を倒したあの試合である。

その結果、柳承敏がフォアへの飛びつきに交差歩フットワークを使ったのは、全6ゲーム中9回だった。その9回すべての画像が下の写真である。各画面の左下にカウントも入っているので、ご興味のある方は確認されたい。

なお、飛びついたけどまったく間に合わなくて入らなかった場合はすべて交差歩を使っていたが、それはカウントしていない。あくまで交差歩が役に立ち、入った場合だけをカウントした。また、ミスをした場合でも、間に合わないからではなくて別の理由でミスしたと思われる場合は交差歩を使った回数として数えた。

今回、柳承敏のフットワークを見ていて非常に面白いことに気がついた。移動中に足が交差している場合でも、跳躍中に右足が左足に追いつき、着地するときには両足が揃ってしまっている場合が結構あったのだ(右の写真)。また、左足が先に着地した場合でも、右足の送りが極めて小さく抑えられていることが下の写真からもわかるだろう。いったいどれだけの荷重がかかっているのだろうか。凄まじい脚力である。

6ゲーム118スコアのうち、9回の交差歩フットワーク。その比は8%だ。1スコアに平均2回フォアに飛びつくとすれば、飛びつきあたりの交差歩の使用比率は4%となる。これは多いのだろうか少ないのだろうか。9回とはいえ使っているのだから必要ともいえるし、ほとんどは交差しないフットワークを使っているのだから、交差歩の練習をするヒマがあったら交差しないフットワークを練習した方がよいとも言える。あるいはまた、交差歩フットワークは頻度は少ないけど難しいので、沢山練習しなくてはならないのかもしれない。それは読者の判断にゆだねよう。

ただひとつ認識して欲しいのは、交差歩は打球にとって決して有利に働くものではなく、大きく動くために仕方なしに選択するものだということだ。なるほど、歩くときや走るときの人間の手足の動かし方を考えると、フォアハンドを振るときには同時に左足を前に出した方が自然に思える(その起源はもちろん哺乳類の四足歩行だ)。しかし、左足を前に出すということは、その分だけ腰はフォアハンドのスイングと反対方向に回転することになり、フォアハンドの動作を妨害する方向に働くのだ(左足のつま先を打球方向に向けろというのも、腰をスウィングの方向に回転させたいという思想の現れである)。加えて右足の送りがあるために戻りも遅くなる。だから、使わないに越したことはないフットワークなのだ。

先輩からの指摘

先日来の私の「分析」について、大学の先輩からメールが来た。

まず、ダブルスのコース取りについて。その先輩は左ききで、私の書いたコース取りのノウハウは、右と左のペアではあまりにも当然のこととして昔からやっていたので「日本の卓球界でこれを明確に言っていた人は誰もいなかった」というのは違和感があり、声高に言うほどのものではないとのこと。そういわれてみれば、私の周りに左ききの選手がいなかったために私が知らなかっただけのように思えてきた。力んで書いたのがちょっと恥ずかしいが、分析そのものの価値は認めてもらったので良しとしよう。

交差歩については、先輩も先週のプロツアーグランドファイナルの準決勝の水谷対サムソノフの全6ゲームを両方の選手について数えてみたとのこと(他人の話として聞くと、たしかにヒマだね~と言いたくなるものだ)。

その結果、交差歩を使った回数は

水谷6回
サムソノフ2回

これだけ。しかも、サムソノフの2本は、1本がバックに回り込んでストレートに打ってフォアクロスに打たれて慌てて飛びついてミス、もう一本も大きく飛びつくというより、バランスとるために軽く足を交差させただけなので、実質ゼロだったという。サムソノフほど大きければますます交差歩の必要はないということだろう。

これほどデータで示しても「交差歩のフットワークは要らない」という技術論を認めたくない卓球人がほとんどだろうと思う。これまでこの練習をしてみんな強くなったのだから、実戦で使ってなくても絶対に役に立っているはずだ、と感じられることだろう。役には立っていると私も思う。少なくとも卓球のコートで卓球のラケットを持って卓球のボールを打っているのだから、他のことをしているよりは卓球の役に立っているだろう。しかし、実戦で使う技術を練習した方がもっと役に立つだろうというだけのことだ。

いずれにしても、これを判定するためには、卓球を始めてこのかた交差歩の練習をしたことがない選手がどうなったかのデータが必要である。誰か試しにそういう指導をしてみる気はないだろうか。私の理論を証明するためだけに。

石川佳純あたりが「交差歩?んなもん知るか!」って言ってくれると話は早いのだが。しかしそれでも認めたくない人は「だから石川は世界チャンピオンになってないんだ、交差歩を練習してたらもっと強かったはずだ」と言い逃れるこができる。なにせ世界チャンピオンになってさえも「基本がなってない」と言われる世界なのだ。これがスポーツの技術論の難しいところであり、それ故にスポーツは進化することを止めないのだ(考えて正しい打法が分かるなら100年も前に理想的な打法に到達していたはずである)。

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