それは1992年5月号に『目の技』という特集で、1月号に対する「より深い考察」と「軌道修正」として荻村伊智朗の文責で掲載された。
荻村は、現代卓球ではインパクトを見るのは無理であることを認めつつも、インパクトまで顔の正面で見ることのメリットとして
①アゴを引くことにより姿勢がよくなる
②体の前で打球するようになる
③初心者がミスをしたときにラケット角度の調節がしやすい
④イレギュラーバウンドに対応しやすい
を上げて、その必要性を説いている。このような理由で、インパクトは見なくてはならない、しかし極端に予測能力が高い人や熟練者は見ない場合もあるとした。
あくまで原則としては「見るべし」というスタンスで、その実例の写真をちりばめ、あとはあらぬ方向を見て相手にフェイントをかける技術など、議論の焦点を外したことを紹介して特集は終わっている。
師匠の荻村伊智朗に押し切られた形だ。
世界選手権で12個の金メダルを獲り、国際卓球連盟会長(それにしてもなんという肩書きだ)の男にこれ以上逆らえるはずもない。
しかし、荻村の主張はいずれもかなり苦しいと言わざるを得ない。
①姿勢をよくするためにボールを見るのなら、姿勢が良ければ見る必要はないことになるし、そもそもアゴを引くことが万人の卓球にとって有利かどうかもわからない。劉南圭はほとんど斜め上を見ながら恐らく史上最速のドライブを打って初代五輪チャンピオンになっている。
②は本末転倒だろう。体の前で打ちたいなら打てばよいのであり、インパクトを見たいがために前で打つのではない。その証拠に、80年代までの日本選手は思いっきり首を回してインパクトを見てなおかつ体の横、ときには斜め後ろで打球していたため、顔が斜め後ろを見ている選手さえ普通に見られた。インパクトを見ても打点は変わらないのだ。
③も無理だろう。飛んできたボールを目で追ってきて、突然それと逆方向に動いて衝突するラケットの角度を視認できると思う方がおかしい。初心者であっても、途中までのボールの軌道と手の感覚から角度は調整できるし、その方がラケットの角度を視認するよりはるかに簡単だろう。実際、そうだから現代、誰もそれで困っていないのだ。
④これは統計はないが、もしかするとインパクトまで見た方が有利かもしれない。もっともそれは「本当にボールを見ていれば」の話だ。
かくいう私も、1月号で目から鱗が落ちて初めてこのような感想を持てたのであり、その前までは完全に旧来の理屈を信じていたので、後輩にもインパクトを見ろと教えていたし、インパクトを見ないで弱い選手がいると「だからダメなんだ」と思っていた。
この特集から少し後、旧来の選手たちも、インパクトを見ているようでいて実はほとんど見ていなかったことが判明する。もともと見ていなかったのだから、いくら見た方が良い理屈を並べても、それらはすべて無意味だったのだ。
当の荻村氏はインパクトを常に見ていたのでしょうか?
それにしても、日本の伝統的な基本というものがなくなる、とは当時の日本卓球界はまるで相撲の世界のような、まさに思想的とも言える指導方針だったのですね。現在のモンゴル人横綱は勝ち方が美しくないとバッシングされてしまいましたがなんとなく似た状況に感じました。もっとも相撲はスポーツではなく神事であり様式も重視されて然るべきではありますが。
私も以前は旧知の考えでしたが、顎を引くと目が緊張する感があり、やや上顎にすると目が楽に使えます。 又、ボールを中心に見ようとすると振り遅れや戻りが遅くなる事があり、相手を視野に入れつつボールを見えれば良いと思います。
ボールを「見る」でなく「見える」です。これが、予測や戻りの早さに通ずると考えます。
いやあ,面白いですね.この話は知りませんでした.
一つ前のブログに河野満(手前はベンクソン?),木村興治の写真が載っていますが,長谷川信彦もよく首を回してボールを見ていました.長谷川は首を回してボールを見ることの大切さを繰り返し強調していたと思います.さて,荻村伊智朗がインパクトまでボールを見ていたかどうかですが,こんな写真見つけました.
http://showa.mainichi.jp/news/1954/04/post-d8e0.html
これを見ると,荻村もインパクトまではボールを見ていなかったようですね.首はやや回しているものの,視線は少し先を見ています.
言うまでもありませんが,インパクトのどのくらい前までボールを見るかは相手のボールと自分の打法によりますね.ドライブ引き合っているときはスイングも大きいしインパクト直前で何かあってもどうせ間に合いません.そもそも空中で突然ボールの軌道が変化することはまずありません(ナックルボールだとありうるかも).一方,短いサービスをバウンド直後にストップレシーブするときはインパクト直前までボールを見ていますよね.大きなスイングは不要ですが,バウンドの変化や回転を見極めて対応しないといけませんから.
私も楽しくてたまりません。この話、大得意なものでして。おっしゃるとおり、荻村はじめ、誰もインパクトを見ていなかったことを論証していきます。NHKもよい題材を振ってくれたものです。振った覚えはないと思いますが(笑)。
荻村伊智朗の、あくまで理論化する姿勢はある意味で先進的に思います。嫌いじゃない。それゆえの国際卓球連盟会長でしょうか。実証的でないのが残念ですが、それは時代(世代)のせいですかねぇ。
ずっと疑問に思ってたことです。
許昕・朱世赫・ボル・樊振東・張本智和・平野美宇らの目線についても語って頂けませんか?
彼らは最後まで見ているように見えるんですが、どうもネット上の画像だと検証が微妙で…(^ω^;)。
卓球王国さんの高精度な画像群で検証して頂きたいところです(=゚ω゚)ノ。
私は卓球は門外漢なのであえて語らないが、野球でいえばバッティングのインパクトと同じでしょう。
バットスイングのときに、ボールから最後まで目を離すなといっても、それは動作の流れから不可能でしょう。
それは非科学的といっても過言ではありません。
卓球も同じではないですか?
美誠パンチなんてあれは当ってくだけろですよ。
超高速撮影の可能な現代。ビデオもない時代なら「最後までボールをよく見てましたねえ」などと絶賛されたでしょうが、そのことを論じることすら今は無意味なことだと小生は言いたいですね。