食い放題の思い出

アメリカではいつも注文が面倒なのでバイキングスタイル、つまり食い放題の店に行っているが、日本での食い放題の店の思い出を書こう。

今では食い放題などめずらしくもないが、20年くらい前にはそんなにはなかった。だからときどき『食い放題』と聞くと「元を取らないと」という決意をして臨んだものだ。客がこういう考えなので、店側も採算を維持するために、ある程度値段を高くするのが普通なのだが、だんだんと、コストを下げた安い食い放題の店が出てくるようになった。

最初に経験した安い食い放題の店は仙台の郊外にあって、『焼肉パビリオン』といった。880円という値段で食い放題なのだから狂喜して行った。ところが、おいてある肉の形の異様なこと。しかもご丁寧にも「肉に関するご質問にはお答えできません」と書いてあった。半年ぐらいでつぶれた。

その後、あちこちに似たような「安い食い放題の店」ができたが、史上最悪の店が会社のすぐ近くにできた『花子』だった。この店、焼肉、寿司、ギョーザ、麺類など、なにからなにまであって食い放題なのだが、驚いたことにすべて不味いのだ。私は農家の生まれだが、自慢ではないがご飯の味などわからないし、会社の食堂のラーメンとカレーが大好きな、客観的には味のわからない男(自分ではそう思わないんだが)なのだ。その私が不味いのだからものすごく不味いのだ。ここまで不味くするには、かえってコストがかかるのではないかと思うほどだった。いったいどこであんな材料を売っているのだろうか。寿司の醤油くらいは普通なのだろうかと思ってなめてみると、しょぱいのだが味が薄く、まるで塩水のようだった。

ただでも食べたいものがないのだ。私が行ったのは開店直後で、店内は客にあふれていた。その中である客が、「あー、水が一番うまい」と大声で言いながら水を飲んだ。その日は暑い日で店内もちょっと暑かったから、その客が、本当に水というものの美味さに素直に感嘆の声を上げたのか、それとも不味い店の料理に対する皮肉として言ったのかわからず、なんとも可笑しかった(確かに水は普通だったのだ)。

その店は今まで見たこともないスピードでつぶれた。もう一ヶ月くらいでなくなった印象だ。すごい店もあったものだ。子供までつかった家族総出の店でかわいそうだったが、しかたがない。

今でも「水が美味い」などと聞くと、あの『花子』の暑い日を思い出して可笑しいような悲しいような気持ちになる。