準恩師・渡辺和也さん

原稿には書ききれなかったが、水沢高校指導陣のひとりに渡辺和也さんという人がいた。柏山さんよりは10歳ほど年下だが、やはり柏山さんに洗脳されてとり憑かれたように無理な指導に邁進したOBだ。女子の担当だったので、私にとってはいわば準恩師だ。同じく「やきとり道場」で熱い議論を交わした。

この人の行動力は昔から異常である。今回初めて聞いた話だが、全日本選手権だか東京選手権のとき、教え子のカットマンの参考にするため、8ミリカメラ(ビデオではなくフィルム式の無声カメラだ)をかついで一般入場禁止のフロアに降りていって高島選手の試合を勝手に撮影をしたそうだ。当然のように係員に呼び止められたが、「バタフライです」と言って撮影をしたそうな。「タマス」ではなく「バタフライ」と言ったところが未熟なところだがそれは致し方ない。渡辺さんいわく「不思議なものでな、最初の関門を潜り抜けると本部席の前だろうがフェンスの後だろうが自分でも呆れるほどずうずうしく撮影できるんだよ」とのことだ。「どうしてそんなことができるんですか」と聞くと「恥知らずなのよ」と語った。見習いたい。

他にも私が高校生の頃、渡辺さんはタマスに行って伊藤繁雄と長谷川信彦という両世界チャンピオンを呼んできて、卓球など知らない全校生徒と先生たちの前で両名による模範試合と講演をしてもらったこともある。講演を聴かなかった担任の先生が後で私に「やっぱり勉強との両立なんか話したんだろ?」と言ったが、長谷川信彦は勉強との両立どころか、朝まで練習して授業中は毛布をかぶって寝ていたことを話したのだから話はまったく逆だ。命がけで世界チャンピオンを目指す人が勉強との両立などとトロイことを言うわけがない。卓球の厳しさを全然わかっていない先生が可笑しかった。

渡辺さんは他にも、熊谷商業にアポなしで押しかけて吉田安夫先生に「練習を見学させてください」と迫ったそうだ。吉田先生は快く見せてくれたという。そこで渡辺さんは持参したカセットレコーダーでその練習風景を録音してきて、我々に聞かせた。ビデオカメラなど市販されていない時代だ。斉藤清や渡辺武弘の「ファイトー」という声と「キュキュキュッ」というシューズの摺れる音を県で団体ベスト8にも入れない高校生の私たちは聞かされたのだ。自分のことながら、なんか切なくなるような話だ。渡辺さんは東山高校にもアポなしで突撃し、練習を見学させてもらい、今井先生のカリスマ性に驚いたと語った。

渡辺さんは、二次会のカラオケバーではついに立ち上がり、回り込みの説明をするに至った。背後のモニターでは「海の男にゃヨ~」とカラオケDVDがガナっている。全国いたるところで見られる心温まる風景である。