何やら珍しいゲームが発売されていたようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=hxdsXdMuu4E
面白いのかって?
面白かろうが面白くなかろうが、卓球なら何でもいいのだよ俺は。
何やら珍しいゲームが発売されていたようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=hxdsXdMuu4E
面白いのかって?
面白かろうが面白くなかろうが、卓球なら何でもいいのだよ俺は。
シチズンの連中と会食をした翌日から、3泊4日でアメリカに出張に行ってきた。昨年の9月以来のアメリカで、まだ一年も経っていないのに懐かしさを覚えた。
前の赴任地であるドーサンの工場が閉鎖になって帰ってきて、工場はすでに取り壊されてしまっているので、そこに行くことは二度とないだろうと思うと、なんだかアメリカ自体が余計に懐かしく感じてしまう。
行って来たのは、サンフランシスコやロサンゼルスの近くの町で、2ヶ所を回った。仕事の合間に、現地人に案内されてスタンフォード大学を見物に行った。スタンフォード大学は大きな公園のようになっていて、ある程度までは一般の観光客も入れるようになっているのだ。
その中で私の目を引いたものがあった。何人かの「賢人」だか何だかの銅像が立っているのだが、その中のひとりが、どう見てもバックハンドを振っているではないか。それもペンホルダーだ。ここまで来てなおバックハンドに出くわすとは思わなかった。
シチズンの選手との飲み会のとき、過去にやらされた練習で面白いものがないか紹介してもらった。何しろ全員が卓球のエリートである。勉強で言えば、四谷大塚→開成中学→開成高校→東大→外務省とでもいうような、超エリートたちなのだ。当然、それらの名門校の指導者たちは一癖も二癖もある人たちに決まっているから、きっと面白い練習があるに違いないのだ。
案の定、面白い練習が聞けた。その名も「3球目よっしゃ」と言う。指導者と選手全員が見守る中で、ひとりづつが前に出て、サービスを出して3球目攻撃をし「よっしゃー」とガッツポーズを取るまでを、なんとシャドープレーでやる練習だという。
人によってその「よっしゃ」の声が妙に甲高かったりしぐさに癖があったりして、見ていると可笑しくてたまらず、みんな笑いを堪えるのが大変だったという。中には、3球目を打ったのに「よっしゃ」を言わない選手がいて、どうしたのかと思っていると「すいません、今の入ってませんでした」と言ったという。シャドープレーはリアルに越したことはないが、リアルにも程があろう。もちろん本人は真面目だが、その殺人的な可笑しさに、死ぬ気で耐えたという。ちなみに指導者は憮然としていたという。
この話をしてくれた選手に、この練習の有効性を聞いたところ「まったく役に立っていないと思う」と語った。
さらに、指導者から与えられた罰に、「自動販売機に1分間話しかけて来い」というのがあったという。人が通る通路でそれをやるので恥ずかしいので一種の体罰なのだという。
後日、この話を後輩の田村にすると「条太さんはそんなの全然恥ずかしくないから罰にならないでしょ」と言われた。ああその通りだ。これぐらいのことが恥ずかしいようでどうする。
ありがたいことに、シチズン卓球部の方々が私の記事を読んでくれていてファンだという。
そこで今野編集長が会食を設定してくれて、焼き肉をごちそうになった。私のファンだというのもおだてではなく、ちゃんと記事の内容を覚えていて、そらんじてくれたのには感激した。ここまで読み込んでくれる人は普通の卓球オタクでも少ない。卓球の一流選手が急に身近に感じられた。
彼らと会うにあたって私が興味があったのは、卓球の一流選手たちの運動神経だ。普通の中学校だと、卓球部に入る人は運動が苦手な人が多いのは周知のことだ。
卓球の一流選手もよくインタビューで自分の運動神経が悪いと話す人がいるが、どこまでが謙遜なのかよくわからず、本当のところはどうなのか興味があったのだ。卓球の一流選手とは、中学校の卓球部にいる運動音痴の親玉に過ぎないのか、それともどのスポーツをやっても一流になるような人がたまたま卓球を選んでいるのかだ。
この点に着目して、焼き肉を食いたくて流行る彼らの箸を止めてしつこく問いただしたところ、以下のような情報が得られた。
並木くん:運動神経抜群。ボーリングの最高スコア177。
森田くん:運動神経超抜群。卓球も運動神経だけでやってるくらい。ボーリングの最高スコア230。
田中くん:運動神経抜群。ボーリングの最高スコア233。
久保田くん:走るのは平均以下、跳躍力もなし。ボーリングの最高スコア145。学校の体育の成績は2か3。しかし異常なほど巧緻性に長け、ビリヤードは得意、ダーツでは3回連続真中に入れたことがあるほど。
予想通りの結果だった。運動神経が抜群に良いか、またはそれをカバーするほど異常な巧緻性を持っていたのだ。そのどちらでも強くなれるところが卓球の面白いところだ。
ちなみに、運動神経と巧緻性と体力のすべてが最高レベルにあったのがワルドナーだ。強いわけだ。
並木くんはブログも書いていて、会食のこともさっそく書かれている。
http://nblog.mrsc.jp/cat/12/
私がとんでもなくマヌケに映っているが、面白いので良しとしよう。それにしても、焼き肉のよだれかけがついたままだとは思わなかった。一応、フォア側のチキータをやっているところだが、なぜ私が一流選手の前でそんなマネをする必要があったのかはどうしても思い出せない。
ところが話はこれで終わらない。
その中古屋の隣のあるものが目に入った。それは、どう見てもセブンイレブンには見えないセブンイレブンであった。
セブンイレブンのトラックがあるから、ちゃんと会社としてやっているのだ。採算だけを考えたら、こんなことはやる必要がないだろう。それは、地元の経営者のためでもあり雇用のためでもあり客のためでもある。セブンイレブンは、本来、店舗ごとの特色を出さずに、どの店も画一的に運営しているはずだが、花まで売っているこの「臨機応変」具合はどうだろう。まさにルールや規則が何のためにあるのか分かっているのだ。
こういうところが、セブンイレブンという会社の姿勢を物語っている。前から好きだが、ますます好きになった。
写真だけ撮って何も買わなくてすまん(だってミニストップでアイスを買ったばかりだったんだもの)。
8月27日、岩手県大船渡市で卓球大会が行われる。大会と言っても競技志向ではなく、楽しい卓球イベントだ。
http://ipponmatsu.web.fc2.com/index.html
震災の被害を吹き飛ばすように、卓球で一日楽しく盛り上がろうという企画だ。寄付も募っている。
主催者のひとりである江戸さんという方は、ボランティアで数々の卓球大会を精力的に企画している、名古屋在住の会社員だ。季刊『卓球人』という冊子にも投稿しているので以前から知っていたが、数年前に卓球関係の集まりで初めてお話しをした。話してみるとなんと江戸さんは私と同じ岩手県出身であり、さらによく聞くと高田高校出身で私の1学年上だった。高田高校は私の時代にも強く、江戸さんの学年の小沢というカットマンが県優勝したことを覚えている。高田高校に練習試合に行ったこともある。しかし悲しいことに、江戸さんも私もお互いのことをまったく覚えていないのであった(どっちも弱いってことだな)。
高田高校は、今回の震災で津波が校舎の3階まできて壊滅したにもかかわらず、インターハイ予選で奇跡の優勝をなしとげている。その当日、このブログの読者だという教員の方から「卓球の試合を見て初めて涙が出ました」「卓球王国でぜひ取り上げてください」とその報告のメールが来た(今野編集長に転送したらすぐに取材を決定した)。私は、江戸さんが高田高校出身であることを思い出し、お祝いのメールをしたのだった。ちなみに私の母校、水沢高校はその高田高校に準決勝で0-3で負けているので「悔しいっ!」とも添えてやった。
大会名にある「えんずい」は、「しっくり来ない様子」を意味する岩手・気仙地方の方言だとあるが、仙台でも同じ意味で「いずい」と言うし、私の郷里では「いんじぇ」と言う。用法としては、服を後前逆に着てしまったときとか、靴に小石が入ったときとか、組織でメンバーの考えが微妙にちぐはぐしていて進めづらいときとか、そういうときの気持ち・感覚を一言で表現する言葉だ。「しっくりこない」と標準語で言ってみてもちょっと違って、まさに「いずい」という以外に表現のしようのない便利な方言なのだ。「居づらい」が語源のような気もするが。
大会要項のどこにも書いてはいないが、今回の企画は、江戸さんにとって特別な意味がある。江戸さんは津波でご両親を亡くしたのだ。だからこの大会は、その両親へのオマージュなのだ。
昨夜は、いつもの卓球仲間と飲んだのだが、そこで3番弟子の小室が、試合前の練習のときの相手の様子から、勝てるかどうか分かるという話をした。
試合前のフォア打ちのとき、小室はすぐにフルスイングでドライブを打つのだが、それに対してカウンターで打ち返してくる相手にはまず100%勝てるのだそうだ。強い相手は必ず、ブロックまたはちょっと下がってつないでくるそうだ。
また、ある程度フォアクロスで打ったらバッククロスでバックハンドを打ちたくなるわけだが、フォアクロスを打っているときに少しづつ相手のバックにボールを寄せていくと、強い選手はバッククロスをやりたいことを察してこちらのバックにボールを回してきてスムーズにバッククロスに移行するという。それに対して、いつまでもこちらのフォアによこす相手がいて、そういう相手にはまず間違いなく勝てるのだそうだ。
なぜそういう傾向があるのか不思議だと言っていた。
なかなか面白い着眼点だ。
あるとき、社内の研修で、参加者が自分の過去を振り返ってお互いに聞かせる機会があった。ある参加者が「それは私がちょうど中学2年のときでした」と話し始めた。
一見、おかしい所はなさそうだが、よく考えると変だ。ちょうど4月1日だったとか、ちょうど高校に入った年だったとか、ちょうど祖父が亡くなった年だったというならわかるが、ちょうど中2とは一体なにがちょうどなのだろうか。中2がちょうどなら、いつでもちょうどということだろう。そう問い返すことを想像して可笑しくなってしまった。
この研修で覚えているのはこれだけだ。