マンガ『美味しんぼ』に、福島の住民が「原因不明の鼻血が出る」というセリフを言う場面が掲載され、風評被害を助長すると非難されている。作者は「事実を書いてダメなのか」と、反論をしているが、そういう事実だけを書くのはダメに決まっている。その事実を書くなら、同時に、他の県の住民には原因不明の鼻血を出す人がどれくらいるのか、そもそも放射線が原因で鼻血を出すことがあるのかといったことも書かなくてはならない。
こんなことが許されるなら「福島の隣県に住む私、伊藤条太は最近、頭髪の抜けが止まりません」とか「女川原発に近い地域に住む私は最近、下腹がどんどんと出っ張り糖尿病が懸念される状況です」と書いてよいことになる。これらはいずれも紛れもない「事実」だが、これだけを書けば読者にある間違った印象を与えることになる。それが誰の迷惑にもならないことならよいが、誰かの迷惑になることなら苦情が出るのは当たり前だ。
「事実を書くことがなぜ批判されるのか」という反論がそもそもおかしい。こういう問題の場合、事実を書くのは当然であり、それがマイナーな事実ではなくて全体を代表する事実なのかどうかだ。だから作者の正しい反論は「事実を書いた」ではなく「福島の住民の原因不明の鼻血の出る人口当たりの頻度が他県より異常に多く、福島原発からの距離に近いほどその頻度が高い」という「事実」ではなくてはならない。それがあるのならそれこそどんな圧力がかかろうとも描いてほしい。
そういった事実がない場合、このマンガの正しい収め方の妙案がある。この後の話で「福島県にはこういう、統計的な検証もなしに鼻血だと騒ぎ立てる人がいますが、こういう思い込みこそが我々の敵なのです」と締めることだ。一度反対の方向でメディアを騒がせ、最後に強烈な正しい大衆啓蒙をした作品として私は賞賛するだろう。風評被害も帳消しになって売り上げも超過回復が期待できる。