バンカラの話

私の通った高校は水沢高校といって、地元ではバンカラで有名な高校だった。バンカラというのは、学生服や帽子をボロボロにして、腰には手ぬぐいをぶら下げ、中には下駄を履いたりするやつまでいるという、そういうファッションのことだ。応援団は特にすごくて、学生服の継ぎ目と言う継ぎ目を一度はがしてからわざと手で白い糸を使って縫ったりしている。帽子など、いったいどうすればあんなにトロトロに溶けたような布切れになるのかと思うほどだ。

もともとのバンカラの意味は、何かに熱中していて服装などにかまっている暇がなく(あるいは貧しくて)、質素な服装になってしまったのだという、いわば苦学生・質実剛健の証しのようなものだ。私も入学時にそれをかっこいいなと思って新しい帽子をもみくちゃにしたりしたものだった。マンガ家の吉田戦車は高校の同級生だが(クラスが違っていて面識はない)、エッセイ集の中で、やはりバンカラをかっこいいと思ったと書いてる。

他の高校に行った中学の同級生たちのファッションはバンカラとは逆で、ぱりっとした不良用の学生服を着るという、いわゆるツッパリファッションだった(なにしろ70年代末のことだからな)。それを見ながら「ダメだなこいつら」と優越感に浸っていたのだが、ほどなくバンカラの無意味さに気がついた。新しい学生服や帽子を手間をかけて(ときには金をかけて)わざわざボロボロにするのだから、質実剛健どころか、これも外見を取り繕うだけのファッションにすぎないではないか。これは趣味が違うだけでツッパリファッションと同じことだ。いや、むしろ自分ではそう思っていないだけにツッパリよりよっぽど恥ずかしい。

それに気がついて、バンカラをやるのが嫌になった。しかし一度壊した帽子をもとに戻すことはできない。そこで私が考えたのは、ギャグになるくらいの極端なバンカラをやってみせて、バンカラというのがいかにバカバカしいものであるかをみんなに見せつけ、その無意味さを気づかせてやろうということだった。

かくして私は、帽子の内側の布をすべて取り去って一枚の布だけにし、油をつけたり土をつけたり、部分的に火をつけたり、石で打って穴をあけ、あちこちを裂いてワラで縫い、ところどころに葉がついたままの木の枝や貝殻や石ころを縫いつけるという、いかにもメチャクチャなバカバカしいバンカラの帽子を作って、学校にかぶって行った。それでどうなったか。「すごい、すごい」とみんなが寄ってきて、私の意図に反してすっかり尊敬されてしまったのだった。なんとバカバカしいやつらだろうか。