昨夜は職場の送別会だった。
たまたま隣に座ったひ弱な感じの同僚M君が、最近5キロのマラソン大会に参加したというので意外に思っていると、なんと「中学時代に所属していたバスケ部で地獄を経験していたので5キロぐらいはなんでもない」という。「ほぉ」と思って詳細を聞いてみた。
M君が通っていたのはS県K市にある中学校だった。バスケ部の顧問は英語の教師だったが、とにかく狂っていた。まず、学校では部活は6時までと決まっているのに、なぜかバスケ部だけは夕食もとらせないまま毎日9時までだったという(M君はその後塾に通っていたので夕食は毎晩11時だったという)。
ランニングは朝練習で5キロ、放課後の部活前に5キロで(高島じゃあるまいし)、夏は体育館を締め切って水を飲ませずに練習をさせ(1995年頃の話だぞ)、誰かひとりが倒れるまで休憩をしない決まりだった。シュートを外すと大会中でもタイムアウトのときに生徒にパイプ椅子を投げつけ、骨折した生徒もいた。体罰は顧問の気分に左右された。
実力はK市で2位で県大会には行けなかった。
それほど狂った部であるにもかかわらず、同期の15人の部員はひとりも退部しなかったという。退部を申し出ようものなら床に血が飛び散るほど顧問に殴られるからだ。体調不良で休んでも殴られるので、一度も風邪をひかなかったという。
あるとき女子生徒の顔を何発も平手打ちして鼓膜が破れたのが問題視され、ついにその顧問は2年の途中で転勤になりM君の地獄は終わりを迎えた。
その後、M君は高校でテニス部に入ったが中学で経験した地獄と比較すれば楽なものだったという。
さらに大学では野鳥の会とボランティアサークルに所属し、いよいよ軟弱を極め、就職してからは合コンに明け暮れて現在に至る。
私はM君の中学時代の話を聞いてその顧問に心底腹が立ったのだが、意外にもM君は「今の自分があるのはあの地獄に耐えられたから」と肯定的だ。うむむ、時は人を変える。こういう感想があるから狂った顧問が野放しにされる隙がでてくるのだ。
卓球界にはそういう話がないことを期待する(あるの知ってるけどな)。