年別アーカイブ: 2008

錯覚とマジック

錯覚に関する素晴らしいサイトを見つけた。
http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/index-j.html

「この目で見たから確かだ」などという人がいるが、人の目はあてにならないことがよくわかる。

錯覚と言えば、手品にも錯覚を利用したものが多い。
私は手品にとても興味があって、ときどきその芸術的なタネに、人間の英知の深さを知って感動したりしている。どうやってタネを知るのかって?わかるまでコマ送りして見るのだ(笑)。だから録画しなかったらわからない。ヒマなんだな、と思われるだろうが、他のことを削ってやっているのだ。風呂とか。

私が特に感動するのは、不可能性を強調するための演出そのものが、実はタネになっているような手品だ。たとえば、フランツ・ハラレイという人が、何もない空間から突如、ジェット機を出現させるマジックを発表したことがある。突如といっても、一旦カメラの前に幕を貼ってから、その幕をよけるとジェット機が出てくるというものだ。幕は画面のフレームより小さいので、上下左右から出入りすればすぐに分かるが、そういう気配はない。普通、これを見れば考えられるタネは、ジェット機がチャチな偽物や写真である可能性と、床下に大きな穴があいている可能性だろう。

ハラレイは、この二つの可能性を否定するため、これを「背景に建物ひとつない本物の飛行場の滑走路で行い、出現したジェット機に人が乗って飛び立つまでを、固定カメラでノーカットで連続撮影して見せた」のだ。そして、実はここに書いたことがそのままタネに密接に関係しており、この演出でなければ不可能なマジックだったのだ。タネを知ってこれほど感動した手品はなかった。

マジックもこういうエレガントなものだけならいいのだが、最近は、単なるカメラトリックやサクラだけのものが氾濫している。画面の一部に時間を表示して脱出をするマジックなどがあるが、カメラを切り替えたときに人の位置や光線の影、布のヒダなどから、別に撮影された映像であることが分かることがある。ひどいのになると、あるものを破る様子を撮影して、それを逆回しで再生して「破ったものをつなげる手品」をやったりする奴もいる。視聴者には、現象だけがすべてであり、巧妙なアイディアだろうと卓越した技術だろうとカメラトリックだろうと違いはないのだろうが、いくらなんでもこれはひどいのではないだろうか。

これでいいなら、いっそのことルックスの良いアイドルにCGを使った手品をさればよいではないかと思ってしまう。本当に出てきたりしてね、そういうのが。

風呂の話

世の中には風呂に入らない人というのがいるようだ。以前の職場にも、明らかに風呂に入ってない特徴的な臭いの人がいた。学生時代、風呂のないアパートに住んでいる友達が結構いたので、臭いですぐにわかるのだ。単に汗臭いとかワキガだというのではなくて、言葉では表現できないが「風呂に入ってない臭い」というのがあるのだ。

3年ほど前、改装のために、1週間ほど自宅の風呂が使えないときがあった。この間、近くにある銭湯に家族で通うことになった。楽しい娯楽施設で結構高いので、1日おきに行くことになった。ところが私は仕事の関係で帰りが遅くなって行きそびれ、入る予定だった火曜に風呂に入らないことになってしまった。こうなると、ものはついでとばかり、もっと入らないで我慢してみたくなり、思い切って週末まで入らないことした。4日め、5日めと経っても、少なくとも自分では別にどうということもない。ためしに三浦に「臭いかどうかかいでみろ」と胸元を開けて近づけてやったが別に臭くないという。木曜には飲み会まであってタバコの煙臭くなったが、これももちろん我慢をして金曜まで風呂に入らないでみた。さすがに風呂に入ったときはヌルヌルとなり、洗う爽快感を得ることができた。

まあ、こんなものはホームレスや探検家からみれば低レベルの冒険だが、こういう、どうでもいいことをやってみたくなる性分なのだ私は。

それにしてもあの、風呂に入ってない臭いを常に発散させていた同僚は、いったい何日入ってなかったのだろうか。あれは1週間や2週間ではないな。

英語の口癖

仕事でアメリカ人と会話をしていると、英語でも日本語と共通する常套句というか口癖のようなものがあることがわかる。

basically → 基本的には
in other word → 言い換えると
I may be wrong → 私が間違ってるかもしれないが
for insurance → 保険として
honestly → 正直いって

これらは日本語と英語と相互に関係なく独立で使われるようになったのだろうか、それともどちらかが影響を与えたのだろうか。さすがに日本で一部の人が熱狂的に使う「いい意味で」とか「逆に」に相当する英語の口癖はないようだ。

英語がもとになっていると思われる日本語は結構あるように思う。「ナニナニするところの○○」などは、関係代名詞○○which○○の直訳だと思われるし、「○○は彼を驚かすのに十分であった」などというのも、it is enough to …を直訳したものだろう。

注意を払うの「払う」が英語でもpay attensionのpayと、いずれもお金を払う単語と共通なのは偶然ではないだろう。となると、「注意」という言葉自体、英語の直訳なのだろう(「社会」「自由」「経済」などといった多くの言葉が、明治維新後に英語の直訳として作られた造語であることはよく知られている)。http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/8702/1/hogaku0030301790.pdf

「それがどうした?」と言われるととても困るんだが、とにかく英語でも「逆に」を連発されるのだけは避けたい。「逆はお前の頭だろう」と言いたくなってしまう。

鎖骨が曲がった

一ヶ月前に手術をした鎖骨の状況を診てもらいに病院に行ってきた。レントゲン写真を見ると、なんと真直ぐだったはずの埋め込んだプレートが曲がっているとのこと。「大丈夫だ」と説明されたが、何が大丈夫なのかはよくわからない。骨ぐらい曲がってても不都合ないだろという意味に違いない。それはそうだろうが、なんとなく気分が悪い。それよりもなによりも、もっと硬いプレートはなかったのだろうか。白骨死体になったときに身元が判明する便利はあるが、そんなもの要らん。

ついでに左手の指も診てもらった。実は鎖骨を折ったとき、左手の中央の指3本を激しく突き指していて、曲げると痛かったのだ。突き指くらい自然に治るだろと思って診てもらっていなかったのだが、事故から1ヶ月も経つのに、よくなるどころか、ますます痛くなってきた。不安になってネットで調べてみると、治らない突き指というのがあって、放っておくと悪化する厄介なものだと書いてあった。これはいかんと思って診てもらったのだが、幸い骨折はしておらず「できるだけ動かすようにすれば6ヶ月ぐらいで治る」とのことだ。動かすようにとのことだが、先週手品のテクニック「クラシック・パス」の練習をやってからズキズキと痛むんだが、それはやりすぎだろうか。

クラシック・パスとは一瞬にしてトランプの上半分と下半分を入れ替える早業のこと。http://jp.youtube.com/watch?v=Yejxa-b72-g
これでもヘタだってんだから信じられない。マジックの世界は奥が深すぎる。

そういうわけで、事故の直後は右腕は鎖骨が折れていて使えず、左手は親指と小指しか使えず、かなり不自由だったのだ。プレートが曲がってしまったのも、左手を使わないようにしたからかもしれない。

みなさん、突き指に注意!

話を聞かない男、地図が読めない女

何年か前に話題になった『話を聞かない男、地図が読めない女』という本を読んだ。

男と女の特性の違いを面白おかしく解説した本だ。男と女では脳の構造が違うとか、進化の過程で身についた本能の違いだとか、いかにも科学的根拠がありそうなことが書いてあるが、まあ、血液型の話と同じく、適当なエセ科学話だ(ちなみに、右脳とか左脳とかいう話もエセ科学であり、こういう話に科学的根拠はないそうだhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B3%E8%84%B3#.E5.8F.B3.E8.84.B3.E3.83.BB.E5.B7.A6.E8.84.B3.E8.AB.96

とはいえ、男女それぞれの滑稽に思える特性が上手く表現されていて、面白いことは面白い。特に、下の写真のページなど、そのあまりのバカバカしさに声を出して笑ったのだが、私のセンスはどんなもんだろうか。

ジョン・レノンとポール・マッカートニー

先日、ウイキペディアで「ジョン・レノン」を調べてみた。過去にも何度か読んだことがあるが、この辞書はどんどん新しいものが追加されるので、ときどき見ている。

その中で「ポールマッカートニーとの関係」という項目があり、そこに感動的なことが書いてあった。

以下抜粋

またレノンは常に「ポールは弟であり、彼との確執は『兄弟ゲンカ』みたいなもので、他の奴にとやかく言われる筋合いはない」というスタンスを保ち続けていた。マッカートニーを卑下する発言をする者に対しては「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ。他の奴が言うのは許さない」と発言している。レノンとは飲み友達でオノとの別居中は共同生活を送っていたハリー・ニルソンや秘書・メイ・パンにでさえ、マッカートニーの悪口を言うことは許さなかったという。
素晴らしい。でもちょっと疑問。本当にジョンはこんなことを言ったのだろうか。私はこれまでジョンの発言はいろいろと読んできたが、こういうのは一度も読んだことがない。本当だとすれば感動的なのだが、なんか怪しいなと感じた次第だ。

ウイキペディアの「卓球」の項目にも「初速が時速280kmを超えるスマッシュを打つ人もいる」などとデタラメが書かれているから必ずしも信用はできない。

クリスマスカード

妻が今年のクリスマスカードには4コママンガを描くと言っている。

英語で苦労していると思っていた子供たちがいつの間にか我々よりも聴き取りができるようになっていたという、ほのぼのとしたネタだという。

「未だそんなに上達してないだろ」と言うと、妻は「誇張よ誇張。条太のブログとおんなじ。」と言った。うーん、そんなにウソを書いてるか俺。妻から見るとかなり誇張を書いているように見えるようだ。

*今日の話は間違いなく「誇張なし」だ。

SHONEN JUMP

同じく病院の待合室で「少年ジャンプ」を見つけた。こちらでは「SHONEN JUMP」として売られているようだ。値段は「たったの$29.95」とめちゃ高い。日本のように売れないのだから仕方がない。2008年10月号と書いてあったから、月刊なのだろう。

中を見ると、日本と同じようにページもコマも右から左に読むようになっていて、吹き出しの中のセリフだけが横書き英語となっている。目次のページには「この本は右から左に読みます」と注釈が書いてある。

20世紀初めにヨーロッパで日本文化が紹介されたとき「日本人は本を終わりから初めに向かって読みます」と書かれた。単に右から左に読むと書けばよいものを、読者に不思議に思わせようとわざとそんな書き方をしたのだ。いったいどこの国に「終わりから初めに向かって読む」文化があるというのか。どういう脳ミソの構造よ一体、と、この記事を読んだヨーロッパ人は思ったことだろう。

鹿狩り雑誌

病院の待合室で鹿狩りの雑誌を見た。
こちらでは女性や子供も銃を持って鹿狩りに行くのが楽しい娯楽となっている。

車椅子になってまで鹿狩りに行かなくてもよさそうなものだが、楽しいんだから仕方がない。

雑誌には、PIGZILLAやHOGZILLAなどという単語が見られたが、これは日本の怪獣映画ゴジラが元だと思われる。同然、辞書になど載っていない現代用語だ。