卓球王国から初の一般書籍『先生、できました!』が発売された。この本の出版には私も間接的に関わっているので、出版までの経緯を紹介したい。
10年ほど前、私が近所の中学生の指導を始めたとき、指導方法についてビデオを大量に買って研究をした。何万円か費やしたと思う(すべてヤフオクの中古だったところがセコいが)。その中で、ダントツに参考になったアイディア溢れるビデオが大橋宏朗という人のもので、北海道で公立中学校を全国大会の決勝まで導いたという実績の持ち主だった。
時は流れ、一昨年のあるとき、今野編集長から「初心者用の連載をしようと思っているが良い指導者を知らないか」と聞かれたとき、迷わず大橋先生を薦め、ビデオ11巻分をDVDに詰め込んで送り付けたのであった。今野さんはもともと大橋先生を知っていはいたそうだが、音信が途絶えた状態、つまり忘れていた状態だったので、私が思い起こさせることになったわけだ。
その後、大橋先生の指導は卓球王国での特集や単項本やDVDとなって好評を博したが、今野さんにはもうひとつの野望があった。それは、狭い卓球界だけを対象にするのではなく、広く一般の読者を対象に本を出したいというものだった。出版社であるからにはそれはひとつの夢であるし、なによりも大橋先生の指導論、教育論にはその価値があることを確信したためだった。
かくして昨年の夏から秋にかけて、今野さんの頭の中は大橋先生の本のことで一杯になり、電話をするたびにほぼ一方的にその進捗の報告を受ける状態となったのであった。今野さんは、大橋先生の考え方がどれだけユニークでありかつ感動的かを説明してくれ、いつしか私も読んでもいないのにその本の魅力に取りつかれ始めた。それほどの本ならぜひとも多くの人に読んでもらいたいから、絶対に良いタイトルをつけなくてはならない。タイトルのインパクトがなければ読者の手に取ってもらえず、読んではもらえないからだ。
タイトルはすでに決まっているというので、私は恐る恐る今野さんに聞いてみた。それは『伸びる力、伸ばす力』というものだった。私は「それはダメです。考え直した方がいいです」と、いつになく辛辣に言ってしまったが、今野さんも内心しっくりきていなかったらしく、実に素直に「やっぱりそうだよね」と考え直すことになった。「条太さんも考えてみてね」「私、一行も読んでないんですけど」「あそうか。でも読まなくてもわかるでしょ。もうさんざん話したんだから」それもそうだ。
「考えてみます」とは言ったものの、実は私の方にも野望がある。自分の本を出すことだ。大橋先生の本のタイトルを考えつつも、自分の本のタイトルを考えてしまい、今野さんにメールをしては「それはいいから」となだめられる日々であった。
そうこうしているうちに大橋先生の本のタイトルを決める期限の日が来た。私の考えるよいタイトルのイメージは「意味は分かるが状況が良く分からない」タイトルだった。これが「なんだ?」と思って手に取りたくなるものだと考えるからだ。意味が分からなさすぎてもわかりすぎてもダメだ。中途半端にわかるのがよい。少なくとも私ならそういうタイトルの本を手に取りたくなる。だからたとえば、本の中に出てくる誰かの台詞をそのままタイトルにするのがいいのではないかと今野さんに言っていたのだが、どうも今回の本にはそういう台詞がないという。
そこで、期限の日「探せばどこかにあるでしょう、たとえばこんな感じのが」という意味で「『先生、できました!』なんてどうでしょう」とメールをしたのだった。別に良い案が浮かんだとは思っていないのであくまで一例のつもりだったが、結局、編集部内の投票によって、40以上も考えたという今野さんの案を蹴散らしてダントツでこの案が当選を果たしたらしく、夕方「当選おめでとうございます。この喜びを誰に報告したいですか」という少々イタい感じのメールが来た。「嬉しいです。次は私の本もお願いします」と返事をしたのは言うまでもない。
以上のような経緯で、私がこの本の名付け親になったのだった。もちろん内容も面白い。面白いが、大橋先生の情熱といおうか能力がすごすぎて、とてもじゃないけど真似はできそうにない。ただ、生徒を誉めまくる大橋先生も、若い頃はスパルタで生徒にボールをぶつけたりしていたそうだから、根っからの人格者というわけでもなさそうなところが安心させられる。
ちなみに、大橋先生は北海道で教員をしているのだが、大学は東北学院大学で私と同じ仙台である。そればかりか、なんと学年も同じで、同じ時期に同じ大会に出ていたはずなのだが、お互いに知らないのだ。私はレギュラーではなかったから知られていないのは当然としても、大橋先生は結構実績があったらしいのだが、私が3年から入部したことと、そもそも部活に熱心ではなく、大会すらサボってロクに参加しなかったのがその原因であろう。そのあたりを含め、全日本の会場でお会いして積る話をさせていただきたいと思っている。