近年、様々なスポーツで選手の動作、ボールの回転などを数値として「データ化」し、練習やトレーニング、指導に役立てる試みが行われている。そのムーブメントはすでに、極めて感覚的かつ繊細なスポーツである卓球にも波及している。
先日、神奈川県川崎市で日本初となる『スピンサイト(SPINSIGHT)』のデモンストレーションが行われた。スピンサイトはドイツに拠点を置く『SPINSIGHT ESN Digital』が提供するデータシステム。卓球におけるボールの「スピン(回転数)」「スピード(時速)」「ボールのバウンド地点」「ネットを通過する高さ」などを瞬時に測定し、各種デバイスの画面上に表示できる。その誤差は1%未満と極めて正確だ。
同社は2022年に設立されたばかりだが、すでにITTF(国際卓球連盟)やフランス卓球連盟とパートナー契約を締結。トップ選手では2024年パリ五輪男子シングルス銀メダリストのトルルス・モーレゴード(スウェーデン)やベスト4のウーゴ・カルデラノ(ブラジル)、パリ五輪の女子団体で大活躍したアネット・カウフマン(ドイツ)、さらにフランス卓球協会のトップ選手などが活用している。
「感覚派」のプレーヤーという印象が強いモーレゴードだが、そのプレーはスピンサイトでのデータに基づいた指導に裏付けられている
今回、日本で紹介されたのは、トップクラスの選手や卓球協会に提供され、現時点でまだ世界に10台しかないという『スピンサイト エリートシステム』と、スキルアップを目指す選手やコーチのためのモバイルアプリ『スピンサイト アプリ』だ。
『スピンサイト エリートシステム』で使用する計測マシン。まだ世界に10台しかない
画面上に表示された、スピンサイトで計測されたデータ。ボールの回転量やスピード、落下地点やネットからの高さなど、多くの情報が瞬時に計測される
スピンサイトは卓球界の何を変え、誰に恩恵をもたらすのだろうか?
まずはもちろん選手だろう。デモンストレーションに参加し、『スピンサイト エリートシステム』を体験した吉村和弘選手は、「本当に、今すぐにでも使いたいですね。ぼくが若い頃に作ってほしかったなという気持ちもあります」と語ってくれた。
「練習をやっているだけだと、自分の打っているボールの質は感覚の部分でしかわからない。たとえばドライブなら精度であったり、ボールの深さや低さ、弾道まで細かくチェックすることができて、自分のボールの質を改めて確認することができました」(吉村選手)
スピンサイトで「自分のボールの質を改めて確認できた」と語る吉村和弘選手
同じくデモンストレーションに参加した田添健汰選手も、フォアドライブとバックドライブの回転量を計測し、自分のプレーに今までとは違う手応えを感じたようだ。
「ぼくのプレースタイルはフォアハンド重視ですけど、バックハンドでもそれと同じくらいの回転量やスピードが出せているんだなというのが改めてわかった。もっと振っていこうかなという気持ちになりますし、心理的にプラスになりましたね」(田添選手)。プレーの「データ化」は、選手のメンタルに与える影響も大きいようだ。
「自分のボールの回転量などを実際に数値として出せると、自分の最高の数値を高めていきながら、平均値を最高値に近づけていくことができますね」と語るのは木原美悠選手。体格の大きいヨーロッパ選手や、伝統的に強い回転のかかる粘着ラバーを使う中国選手に負けない回転量を目標として、練習に取り組むこともできる。
スピンサイトで、バック面の表ソフトの回転やスピードを確認する木原美悠選手
さらにスピンサイトは、指導者に与える恩恵も非常に大きい。選手の打つボールを様々な部分から数値化することで、選手と課題を共有しながら指導を行うことができるし、目標の設定も明確になる。最後に、これまでラリーに驚嘆の声をあげるだけだった観客にとっても、様々なデータの紹介は競技への知識を深め、観戦をよりエキサイティングなものにするだろう。
「今やどのスポーツもデータ化されていく中で、卓球というスポーツはあまりにデータ化が進んでいませんでした」と語るのは、スピンサイトのベンジャミン・ブラウンCOO(最高執行責任者)だ。
「たとえばヨットのアメリカズカップは非常に伝統のある国際大会ですが、そこには多くの最先端のデータが取り入れられていて、競技をよりエキサイティングなものにすると同時に、多くのファンを引き付け、楽しませています。
卓球選手もこのスピンサイトを活用することで、曖昧に『フィーリング』という言葉で表現していた感覚をチェックし、感覚とデータをすり合わせていくことができる。自分のプレーに対する自信も生まれるはずです」(ベンジャミン氏)
スピンサイトを「一歩ずつ進化させていきたい」と語るベンジャミン・ブラウンCOO
『スピンサイト エリートシステム』はトップ選手仕様だが、普及型の『スピンサイト アプリ』もスマートフォンに搭載されているカメラの高性能化により、質の高いデータを提供できるようになっている。「ヨーロッパでテストを行ってアプリをさらに改善し、より良いものを日本のユーザーにも届けていきたい」とベンジャミン氏は語る。
『スピンサイト』が卓球人の練習をより充実した、楽しいものにしてくれるなら、歓迎しない理由はないだろう。多くのユーザーがその楽しみを共有できる日が、もう間近に迫っている。
スピンサイトで使用する専用球
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