卓球王国 2021年10月21日 発売 vol.295
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水谷隼「自分でさえ踏み込まない空間に 相手を引き寄せようかなと思いました」

<卓球王国2014年8月号より>

 

[日本のエース、世界卓球を語る]

水谷隼

当時DIOジャパン

 

 

 

2014年世界選手権団体の準決勝の

ドイツ・オフチャロフ戦まで10連勝の水谷隼。

ボルに敗れて、連勝はストップしたが、

今大会を10勝1敗で終えた。

彼がいなければ日本はメダル獲得ができなかっただろう。

特にオフチャロフ戦は世界卓球東京大会の

「ベストゲーム」と称され、

水谷隼がまだ進化していることを証明した。

 

インタビュー=今野昇

写真=アン・ソンホ&江藤義典

 

「オフチャロフ戦。 

自分でさえ踏み込まない空間に

相手を引き寄せようかなと思いました」

 

 

 

初戦のクレアンガに負けていたら、

次のギオニスにも

負けていたかもしれない

 

2014年「世界卓球」から2週間ほど経ち、ヨーロッパに出発する前に話を聞いた。場所はなぜか水谷隼の愛車のディーラー(販売店)のラウンジ。誰もいない中でゆったりと話した。

世界卓球東京大会の男子を盛り上げた水谷隼。地元日本のファンとテレビの前の視聴者に卓球の醍醐味と面白さを伝えたのは間違いない。

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●ー今、大会を振り返るとどういう気持ちが沸いてくるのだろう。

水谷  上出来だったと思います。すべての試合で自分の力を出し切ったわけじゃないけど、最初のほうは競り合って勝つことができて、予選リーグのポルトガル戦以降は良いプレーができて満足できる試合だった。

 

●ー大会前の調子は?

水谷 ほとんど意識してないですね。いつもと変わりません。ロシアリーグに行っていたし、4月12日に日本に帰ってきて、それまでは2カ月間くらい連戦だったので、少し休んで16日くらいから日本代表合宿に参加しました。その頃、合宿では調整を落とす時期で休みが多かったけど、ぼくは去年の9月からロシアに行って、4月までやってきて積み重ねたものがあったから、今さら何かをするわけではなかった。

 

●ー去年の秋からロシアに行き、節制し、余分な部分がそぎ落とされてシェイプアップされていた。全日本の時よりもさらに引き締まっていた。

水谷 全日本の時よりも良かったですね。

 

●ー大会が始まり、日本が第1戦のギリシャに負けたのは誤算だった。初戦のクレアンガ戦でゲームオールの試合になった。

水谷 世界選手権でいきなり強い選手はやりづらい。前回(12年)も初戦はサムソノフだった。それにクレアンガにはこの2カ月で2回やって完勝していた。もともと実力のある選手だから、相手はやり方を変えてくると思っていたし、何か違うことをしてくるんだろうなという思い込みもあった。自分自身で勝手にプレッシャーを感じてしまった。ただ、勝てたことは本当に良かった。初戦のクレアンガに負けていたら、次のギオニスにも負けていたかもしれない。

 

●ー君は2点取ったけど、チームは負けて初戦は黒星スタート。

水谷 初戦を落とすのは最低最悪のスタート。負ける相手じゃないですね。ぼくが負けて、チームが負けるならまだしも……。健太が負けたのはちょっと……あの選手に負けたら誰にも勝てない。

 

●ー監督のコメントでは事前にオーダーを決めていたけど、初戦黒星で計画が狂ったと。

水谷 オーダーは決まっていました。ぼ

くは2戦目のルーマニア戦とグループ最終戦のハンガリー戦は出ない予定でした。ぼくはローテーションで起用されるほうがいいし、監督が言っていたのは日本での世界選手権だからみんなをたくさん使いたいと。

それに用具調整もしなきゃいけない。明らかに格下の相手の時には新品のラバーを使い、慣れておいて、次の試合の時には良い状態にする。用具では常にベストのものを使うのではなく、絶対勝てるんだという自信がある時には、「ここはこの用具で切り抜ける」という計算をします。たとえば、ギリシャ戦は大事な試合だから、その2日前にラバーを変えています。ギリシャ戦の後にラバーを変える予定だったのに、ルーマニア戦も同じラバーを使い、そのままフランス戦(第3戦)でも使うことになり、予定がメチャクチャになってしまった。

ルーマニア戦とフランス戦は良くなかった。全然調子が出なかった。一番は台ですね。センターコートの台は脚がない。脚がない台はバウンドしてからすごく変化するんですよ。跳ねたり沈んだり、慣れるまで大変でした。普通はボールがここにバウンドしたらここに来るはずだという予測が狂う。ポルトガル戦くらいからは気にならなくなりました。

 

●ーそのグループ(予選)リーグのポルトガル戦はヤマ場だった。

水谷 勝てば1位通過が決まる試合だったし、アポローニャとは試合をした記憶がない。初めての試合かもしれません。自信はありました。初めてならサービスは効くし、レシーブさえできれば大丈夫と思っていた。思うような展開の試合ができた。

マルコス(・フレイタス)とは五分五分かなと思っていました。前回負けていますから。

 

●ー4番のフレイタス戦の最終ゲーム前に脚の不調を訴えた。アポローニャの試合の時からおかしかった?

水谷 初日くらいからおかしかった。脚は応援していて傷めました。1本ごとに立ったり座ったりしていて、普段慣れていないから。1回の団体戦で何百回も立ったり座ったり、それを毎日続けるのは不可能です。それからは極力立たないようにしました。試合に出る選手は疲れてしまうし、だからフランス戦くらいからあまり立ってないんですよ。

 

●ー卓球で傷めたわけではないんだね。フレイタスとの最終ゲーム前に野中マッサーに来てもらって、脚をグイグイ押していた。

水谷 卓球と応援、両方ですね。3ゲーム目くらいから(痛みは)来ていた。2ー0でリードしていて、3ゲーム目くらいからプレーが悪くなって、脚も痛いなと思いながらプレーしてて取られた。4ゲーム目も取られて、脚も痛いし、流れも変えたいから中断しました。

 

●ー最終ゲームは前陣でカウンターもよく決まった。

水谷 そこで中断したことでマルコスの気持ちが途切れた。3、4ゲーム目はすごい覇気があったのに、5ゲーム目は気持ちが途切れたみたいに静かだった。