卓球王国 2021年10月21日 発売 vol.295
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「将来の五輪代表育成、自分がやるしかない」。全日本前男子監督の倉嶋洋介氏が木下G卓球部の総監督に就任

9月末日に日本卓球協会の男子ナショナルチーム監督を退任した倉嶋洋介氏が、Tリーグに加盟している木下グループ卓球部の総監督に就任することを同卓球部が発表した。

現在、Tリーグに加盟している男子の木下マイスター東京、女子の木下アビエル神奈川のトップチームの総監督、そしてジュニア育成のために開設した木下アカデミーの総監督を務める。

 

倉嶋氏は1976年生まれの45歳。

埼工大深谷高時代にインターハイ団体優勝、明治大に進んだ後はインカレ4連覇に貢献、協和発酵(その後、協和発酵キリン、現在は協和キリン)に入社後は、全日本選手権の混合ダブルス・男子ダブルスで4回の優勝。シングルスのタイトルこそ恵まれなかったが、団体での全国優勝は数多い。また、大学時代から世界選手権、五輪のスパーリングパートナーとして数多くのビッグゲームに帯同していた。2001年には混合ダブルスで世界選手権大阪大会に出場している。

 

33歳の時の全日本を最後の試合として区切りをつけ、同時に退職して、ナショナルチームのコーチになる決断をした。当時、トップ選手が現役を引退してNTコーチになる例はなかった。とりわけ、将来を保証されている一流企業を退職し、プロコーチの道を歩むことに、周りで反対する人は多かったと言う。

 

2012年10月に前任の宮﨑義仁監督から、監督を引き継いだ倉嶋洋介。36歳の若き監督の誕生だった。

コーチ時代は選手との距離感が近く、兄貴的な存在だったが、監督になった後はある一定の距離を保ちながら、選手との対話を絶やさなかった。

この時期は日本は水谷隼、丹羽孝希の二人のサウスポーを中心にして、世界のトップに躍り出るタイミング。そして2016年リオ五輪では男子団体で銀メダル、男子シングルスでは水谷が銅メダルを獲得する躍進を見せ、すでに先を歩いていた日本の女子卓球に肩を並べた。

今年の東京五輪では男子団体ではチームを銅メダルに導き、混合ダブルスでは金メダルを獲得。9年間率いた日本チームの監督を9月末に退いた。

 

男子ナショナルチーム監督時代の倉嶋氏

 

 

木下グループ卓球部総監督の就任の前、倉嶋氏は卓球王国のインタビューでこう語っている。

「12年半ナショナルチームでコーチをしていて、東京五輪の混合ダブルスでは勝ちましたが、団体で中国に勝つところまではいかなかった。もし他のコーチが10年以上やったら中国に勝つチームを作れるかもしれない。ぼくは中国の壁を乗り越えられなかった。ぼくが監督を続けても中国に勝てるかどうかわからない。ナショナルチームにも変化が必要です」。

「木下グループで小学生・中学生を育成し、2028年ロス五輪のあとの2032年ブリスベン五輪に代表を送り込みたい。打倒中国を可能にする選手を小学校、中学校の時から育成し、木下から日本代表を常に送り込めるようにして、日本の卓球界を発展させていきたい。木下社長から、その熱い思いと明確な目標をうかがって、自分がやるしかないという思いになりました」

 

以前までは日本卓球協会のナショナルチーム監督を務めた人はそのまま協会(強化本部)に残るか、企業に戻る人がほとんどだったが、現在ではTリーグがあり、今後、全日本監督の「セカンドキャリア」としての場所になっていくのかもしれない。

強化本部の使命や内情を理解した人が、Tリーグに下野して、側面から日本の強化を支えていく、新しいやり方を倉嶋氏が示してくれることを期待したい。

<インタビューの詳細は10月21日発売の卓球王国に掲載>