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インタビュー

胃ガンを乗り越えてのマスターズ初優勝。北井守、選手として、卓球一家の主として

 昨年の全日本マスターズ男子フィフティで初の全国タイトルを獲得した北井守。6年前にガンを宣告され、胃の3分の2を摘出。それでも地道に卓球に向き合い続けてきた男に、勝利の女神が微笑んだ。

 

●医師からのガン宣告も、手放さなかったラケット

 北井の携帯電話に、病院から着信が入ったのは2016年2月のことだった。医師から伝えられたのは「胃にガンが見つかった」ということ。発見が早期だったため、当の本人はあまり落胆しなかったそうだが、次男の慎二が2歳と小さかったこともあり、妻・晴美のショックは大きかったという。北井は当時の妻の心境を「自分のことじゃないから、余計に心配だったんでしょうね」と振り返る。

 幸いにもガンはステージ1の状態だったが、胃の3分の2を摘出。手術後すぐは、そこまで体型の変化はなかったが、一気に食が細くなり、体重も8kg減った。手術前のガッチリした体型からの変化に、久々に会った人からは「どないした?」と驚かれた。心配をかけまいと、北井はその度に「ちょっと走り込んでるんですわ」と言って誤魔化していた。

 手術を経て、自分の体が変わっても、ラケットを手放すことはなかった。胃の摘出手術後はすぐに練習を再開し、その年のクラブ選手権に出場。体力の衰えは走り込んで取り戻した。そんな北井にはひとつの目標があった。それは全日本マスターズ男子フィフティでの優勝。胃の摘出後も、その目標を達成するため、地道にコツコツと卓球に向き合ってきた。

 

●マスターズ初優勝を支えた長男・健心。会場で感じた亡き友2人の姿

 フィフティへ出場できる年齢となった2020年度のマスターズは新型コロナウイルスの影響で中止。今年度が初のフィフティ出場となった。本人は「自分の理想の卓球とは違う」と語るが、長身を活かしたブロックと粘りのロビングで勝ち上がり、決勝進出を果たす。決勝ではマッチポイントを握られる苦しい試合展開となったが、土壇場で踏ん張り逆転勝利。念願の日本一をつかんだ。

決勝はフルゲームまでもつれた末、12-10で勝利

打たれても打たれても、驚異的な粘りを見せて逆転勝利をあげた

 

 

 このマスターズでベンチに入ったのは長男・健心だった。この春に中学3年になった健心も卓球に打ち込むプレーヤー。コロナ禍ということで、北井ひとりでマスターズに行くことも考えたが、健心に「一緒に行くか?」と聞くと「行く」と答えたため、親子2人でマスターズを戦うこととなった。

 「長男も中学生になって、これから私と男2人でどこか遠くに行くことも少なくなると思うんです。だから、『旅行のつもりでも良いか』と思って、ベンチに入ってもらいました。技術や戦術どうこうよりも、身内がベンチにいてくれるのは気持ちが楽ですよね」(北井)

 ちなみに「つい下がってしまう」という北井のプレーは、健心にも引き継がれているそうで、「そのくせ、ベンチで下がるなって言ってくるんですよ」と北井は笑う。優勝を決めても、健心からは特に何も言われなかったそうだが、いずれ父の成し遂げたことが、どれだけ偉大か気づく時が来るだろう。

ベンチに入った長男の健心

 

 また、大会中、北井の頭には今は亡き2人の友の顔が浮かんだという。1人は近畿大の同期だった西村一行。西村は北海道で小学生時代の丹羽孝希(スヴェンソンホールディングス)を指導していたが、交通事故に遭い、2005年に命を落とした。もう1人は近畿大の2学年先輩の山本真史。マスターズで会う度に「お互い頑張ろう」と酒を酌み交わし、応援してくれる先輩だったが、2020年にガンでこの世を去った。

 「会場でもふと2人のことが頭にちらついたり、力を貸してくれたのかな」と不思議な感覚を味わった。

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