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玉石美幸・幸穂、姉妹そろって笑顔の引退。「笑ってない時は試合中くらいやった」

奈良県出身、四天王寺高から同志社大へ進み、その後は実業団のエクセディで10年間プレーした玉石美幸。そして、明誠高からエクセディに進み、今年で社会人7年目となる妹・幸穂が、姉妹そろって現役生活にピリオドを打った。

32歳の姉・美幸は、小学2年から卓球を始めて今年で24年目。全日本では、昨年・一昨年は女子シングルスに最年長として出場した。長く第一線で活躍を続けてきた美幸だが、これまで「引退」が頭をよぎったことは少なくなかったという。

「26、7歳の時は怪我もしていたし、もう(現役を)終わろうかなっていうのはありました。だけど、そこで引き留めてくれた人もいて、続けてこられました。でも、自分より若い人たちや周りがどんどん引退していくし、毎回のように『自分ももう終わりかな』っていう気持ちがやっぱりどこかにはありました。

29歳ぐらいになってくると周りも(引退して)おらんくなってくるし、なんか逆に開き直ってきて、『できるところまでやっちまえ~!』っていう気持ちになっていました(笑)

正直この24年間、楽しいことより苦しいことのほうがずっと多かった。でも、続けてきたからこそ姉妹でダブルスも組めたし、ほんまに続けてきてよかったと思っています」(美幸)

24年の現役生活にピリオドを打った美幸。インタビューでは「卓球は誰よりも好きな自信があります」と語っていた

 

一方、妹の幸穂は、22年度全日本社会人で3位入賞という成績を収め、まさに「これから」という時期に第一線から退いた。

引退を決めたのは一昨年(21年)の12月。「このまま卓球を続けても、自分の実力では成績を出すのは厳しいと思って、あと一年という区切りを決めた方が気持ち的に楽しく卓球ができるかなと思って引退を決意しました」と幸穂。

引退を決意した翌年の10月に行われた全日本社会人では、本人も驚きの3位入賞を果たした。「続けたらもっと良い成績が出せるかも」と、一度は現役続行も考えたが、「結果が出たからといって引退の覚悟を変えるのは違う」と、絶頂期にありながらも引退の決意は変わらなかった。

引退を決めてからは試合や遠征に赴くたびにこれまでの記憶が次々とよみがえってきたと話す。

「この大会、昔こんな気持ちでやってたな~とか、昔遠征で起こったおもしろいこととか、『うわ、こんなことあったな!』っていうのを試合や遠征に行くたびに思い出しました」(幸穂)

現役最後の年に全日本社会人3位という最高戦績を収めた幸穂

全日本シングルスでは、スーパーシードで4回戦からの登場となった幸穂だが、永尾(サンリツ)に2-4で敗れ、惜しくも初戦敗退。「最後は永尾さんの打ったボールを自分の台に打ちつけて終わって、『え、全日本最後のラリーがこれ?』って思って笑い転げてました(笑)。応援してくれていた人もみんな大爆笑でした(幸穂)」。

試合後、ベンチに戻った幸穂は満面の笑みを浮かべた

 

全日本ダブルスでの敗戦後、泣き崩れる幸穂を姉の美幸が笑いながら慰めるシーンが印象的だった。

「私もお姉ちゃん(美幸)も、これまで全日本でランクに入れたことがなくて、最後の全日本で『どの種目でもいいからランクに入りたいね』って、引退を決断する前からそういうことを話していて、やっぱりダブルスが一番チャンスあるのかなって思っていました。

4回戦で敗れて、『うわー、(ランク)入れんかったー!』っていう気持ちと、そもそもこんなふうに姉妹でダブルスを組ませてもらえるということが普通ではないことだったので、最後姉妹でダブルスを組むことができてよかったなっていう気持ちと、その両方の気持ちがあって、涙が溢れました」(幸穂)

全日本ダブルス4回戦で小畑/菅澤(デンソー)に敗れ、涙を流す幸穂(右)。この試合で姉・美幸(左)が先に最後の全日本全日程を終えた