卓球王国 2021年6月21日 発売 vol.291
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水谷隼全インタビューvol.3「その言葉のすべて」2008年全日本2連覇

<卓球王国2008年4月号より>

 

「前回の優勝もぼくはまぐれじゃないと思っているし、

自分の腕に自信がある。

自分のこの腕があれば優勝できると信じていた」

 

水谷隼

《青森山田高3年》

 

水谷隼を天才と呼ぶ人がいる。

たぶんそれは間違いではない。

しかし、天才と呼ばれる人は往々にして

そのセンスに自惚れ、勝負に徹しきれないことがある。

だが、水谷は勝つことにこだわる。

高校生ながら全日本選手権2連覇を達成した少年は

何を思い描きながら、

これからの道を歩んでいくのだろう。

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インタビュー=今野昇

写真=高橋和幸

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勝った瞬間はホッとしたけど

後悔しました。

4—0で勝つべき試合だったと

 

水谷隼には、余裕があった。その余裕は、自信に裏打ちされたものだ。

リードを奪われる展開、あるいはマッチポイントを奪われた時でさえ冷静さを失わなかった。1年前に94位だった世界ランキングは29位まで上がった。現チャンピオンというだけでなく、力をつけ、世界で活躍する水谷のことをほかの選手は畏敬の念を抱きながら見つめていた。

そして、今年の全日本選手権は「ノングルー」で迎えた。スピードが落ち、ラリー戦に持ち込まれた時に水谷の強さはさらに際立った。国際大会ではグルーイングしている水谷が「ノングルー」にどこまで対応するのか。用具にこだわりを見せる水谷にとって、それは大きなポイントになった。

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●——優勝の実感は?

水谷 全然ないです。

 

●——大会前の調整はどうだった?

水谷 日本に帰ったのは12月6日くらい。まず用具がノングルー用に変わったので、自分で調整して、自分の中でこの用具なら勝てると思ったのは1月に入ってからです。それまでバック側は粘着性のラバーを使っていました。グルーを使わないでそのラバーを使ったら、飛ばないし、回転もかからないし、これではダメだと思いました。ラケットは変えずに、フォア側のラバーは問題なく変えることができて、バック側だけうまくいかなくて変えました。それにスピード補助剤を塗ってます。1月に入ってすぐに学校の部内リーグで2位になって、これで大丈夫かなと。それまではノングルーで全然勝てなかったし、自信がなかったけど、リーグ戦あたりから調子が上がってきた。補助剤もいろいろ試しました。用具は自分が納得いかないとダメです。

ノングルーだとまっすぐボールを飛ばそうと思うと落ちてしまうので、どうしても回転をかけるから飛び方が山なりになる。スピードが落ちた感じになり、ラリーも続くようになりますね。

 

●——大会が始まってからの精神状態は?

水谷 今年は天皇杯も返還して、選手宣誓もやらせてもらって、勝つ自信はありました。

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6回戦の相手、坪口道和(青森大)は水谷からマッチポイントを奪い、追い詰めた。「(7ゲーム目)10ー9の場面は、隼がバックで取ろうとしていたのはわかっていたので、サービスを少しフォアサイドに出した。隼の手も震えていて、レシーブも浮いてきたので、行けると思ったんですけど、勝負すべきところで自分にもどこか迷いがあって、ワンテンポずれた。勝負のうまさの部分で負けた。彼は経験も豊富だし、すごく考えて練習をしている。自分もそうしているけど、その考えているレベルが違う。その差が出てしまう」(坪口)。

また、ドイツで生活をともにし、ともにブンデスリーガで戦った坂本竜介(協和発酵)は試合後にこう語った。「水谷とやると『えっ、こんなボールをミスするの?』と思うかもしれないけど、彼のボールは微妙に変化する。普通に打ったら簡単に返されるから、無理に打とうとしてしまう。それが彼の強さ。そういうイメージを相手に焼き付けられるのは彼の実力だと思う」。

さらに準決勝で痛恨の逆転負けを喫した田㔟邦史(協和発酵)は語る。「最後の1本が入ればゲームを取れたけど、その入る、入らないというのは大きな差だと思う。やりにくくはなかったけど、打っても返ってくるのでプレッシャーはかかります」。

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●——シングルスでの一番のヤマは6回戦の坪口戦だった。

水谷 とにかく優勝を狙う中で難関になると思ってました。ただ自分の調子が良くて、3ー0になって、相手は足があまり動いてなくて、気迫も感じなかった。4ゲーム(セット)目も8ー5で勝っていた。そこで坪口さんがタイムアウトを取った時に、「次の試合は誰かな」と考えてしまった。坪口さんはふだんとてもやさしい人なんです。だから「このまま勝たせてくれるのかな」と思った。ところが、8ー8になって、そのあと自分がマッチポイントを取ったのに、このゲームを絶対取るんだという気持ちがなかった。そのゲームを落としても、まだ余裕があった。次のゲームも9ー5か9ー4くらいでリードしていたのが、また変な気持ちが起きて、ばん回された。

3ー2になってもどこかで負けてくれるのかなという思いがあって、そこから坪口さんがオールフォアで攻めてきた。6ゲーム目に入っても5ゲーム目を落としたのを後悔していて、集中力もなかった。7ゲーム目も集中力がなくて、何をやってもダメでした。あきらめもあった。8ー10でタオルを取りにいった時ももうダメだと思いました。でも最後の1本を取られるまではチャンスがあると思い、気合いを入れ直した。その後、フォア前に2本レシーブして、相手がミスしてくれた。10ー10になって、そこで絶対勝つんだと思った。勝った瞬間はホッとしたけど後悔しました。4ー0で勝つべき試合だったと。

 

●——次の坂本戦も競り合いになった。

水谷 公式戦で初めての対戦だった。坂本さんは一緒にドイツでやっていたから、絶対自分の弱いところを攻めてくるというのがわかっていた。そこを待っていたので対処はできた。競ったら絶対ミスしないように、台に入れようとするだけです。

 

●——準決勝の田㔟戦。水谷君はペンの表ソフトには強いというイメージがあったのに、スタートから相手ペースだったね。

水谷 攻められてバチバチ打たれるのはある程度予想していた。だけどあそこまで待たれているとは思わなかったですね。初めはコースが読めなかったし、距離感もわからなかったのでノータッチばかりだったけど、0ー2になっても焦りはなかった。最後まで続かないだろうという気持ちもあった。去年も0ー2で田崎さんに負けていてばん回できたから、自分に大丈夫と言い聞かせてました。

3ゲーム目、10ー11で負けていて田 さんのサービス。そこで嫌だなと思ったサービスがネットインしました。そういう運もあってそのゲームを取れた。1ー2になってから余裕が出てきたし、そこからバック対バックのラリーにしないで、自分はあまり得意じゃないけど、レシーブから田㔟さんのフォアに送った。ミスしてもいいからフォアを攻めて、相手に攻めさせないようにした。そこからあまり待たれなくなった。

 

●——この試合ではジュースが3ゲームあって、その全部を取った。競り合いで強かった。

水谷 田㔟さんのサービスが単調だった面もある。このサービスがここにくるというのがわかったから、そこで得点できたし、レシーブも読むことができた。