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インタビュー

リコー卓球部・工藤一寛監督が語る「卓球部員の責任感と卓球への向き合い方」

なぜ練習時間も短い、企業の卓球チームが
ファイナル4で優勝できたのか

 

株式会社リコーは、事務機器、光学機器などを製造・販売する、世界中に約8万人の社員を擁するグローバル企業だ。
リコー卓球部は創部から65年の歴史を持ち、2018年に日本リーグ前期、JTTLファイナル4、全日本実業団選手権、全日本選手権団体の部で初優勝を飾り、それから5年後の2023年12月の日本リーグプレーオフ・ファイナル4で2度目の優勝を達成した。
まさにリコー卓球部は企業スポーツのロールモデルと言える。
試合前でも定時まで仕事をして、卓球部員はリコー社員として、卓球と仕事との両立を掲げ、卓球の試合には全力投球する。そして、現役引退後は職場で活躍する人も多い。
そんなアマチュアスポーツを標榜するリコー卓球部が12月の日本リーグ・ファイナル4で劇的な優勝を飾った。卓球部監督の工藤一寛さんに「リコー卓球部の強さの源泉」を聞いてみた。

インタビュー=今野昇

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「効率の良い練習、考えてやる練習でしょうか。ボールを打てない時にトレーニングをやるとか、短い練習の中でも集中した練習になっています」

 

●ー2018年にTリーグができてから、プロ化と企業スポーツはある程度、線引されています。企業スポーツの意味は何か変わりましたか?

工藤 基本的に会社としては、プロだから、日本リーグだからという線引はありません。現時点で「プロの卓球部」にはならないと思います。

 

●ーリコーの卓球部自体はどのくらいの歴史ですか?

工藤 2018年の日本リーグ優勝で創部60年目と言われたので、65年ということになります。シチズン時計さんや協和キリンさんも同じくらいだと思います。OBに小中健さん(元全日本チャンピオン)がいらっしゃって、小中さんが入社する時か、その少し前にできたと聞いています。
もし日本リーグが木曜日から試合だとすると、水曜日に現地に行きますが、火曜日までは普通に定時まで仕事をしています。それは優勝しても変わりません。

 

●ーリコーにはラグビーとか、他の競技部もありますね?

工藤 トップリーグに所属しているラグビー部は「シンボルクラブ」、その下に卓球、テニス、将棋、演奏(フィル)の4つが「ブランドクラブ」として活動しています。あとは各事業所の代表として野球部やバレー部などの運動部があります。(株)リコーでスポーツ採用を行なっているはラグビー、卓球、テニスの3つです。

 

●ー以前、高岡諒太郎(Ricoh USA)くんのインタビューをした際も、定時まで仕事してから、大森(東京都大田区)の練習場に行き、その後、残業をしていたという話を聞きました。

工藤 実際にそういうことはあります。先日のファイナル4の時にも池田(忠功)が試合の3、4日前まで仕事が忙しくて練習がほぼできない状態でした。「試合に出すつもりだけど、無理はするなよ。これが最後の試合だから可能な限りうまく整えてくれ」と彼には伝えていました。
これは美談みたいになってしまいますが、実際には美談ではないです。学生の頃に1日4時間、5時間練習をやっていた人が、リコーでは週5回くらいの練習で、1回1時間半くらいしかできないわけです。それでもこの環境で彼らは過去最高の成績を出しています。郡山は入社2年目に全日本でランクに入り、松生・鹿屋は全日本のダブルスで決勝までいきました。

 

●ー練習量が減っていても試合で勝てる、その答えとはなんでしょう?

工藤 効率の良い練習、考えてやる練習でしょうか。ボールを打てない時にトレーニングをやるとか、短い練習の中でも集中した練習になっていると感じています。入社して2、3年間というのは練習の休憩時間でも卓球と関係のない動画を見たり、のんびりやっている人がいたけれども、先輩を見ていく中で、彼らはボールを打っていない時にフィジカルトレーニングをしたり、体幹トレーニングで鍛えています。そういうのを新人たちは見て、学ぶことが多いと思います。監督がこうしろ、ああしろなんて言わない。彼らは先輩を見て自分で学習しています。

 

●ーある意味、自由というか主体性がありますね

工藤 そうですね、自主性がある選手が揃っていると思います。「監督の務めとは何ですか」と言う人もいますが、それはリコーのチームカラーです。昔は「監督がもっと指示してほしい」と言う人もいましたが、ここ10年くらいはそう言ってくる選手は一人もいません。海外では短い練習を集中してやると聞きますし、それに近いものがあるかもしれません。見ていても、無駄な時間はないです。
みんな定時に終わって、練習場に来て、準備運動などをやれば午後6時半くらいになって、そこから8時半までの練習なので、2時間の練習です。月火水木と土曜日の週5回の練習で、土曜日は午前9時から午後1時までが練習。金曜日と日曜日がフリーです。

 

ベンチで工藤監督と話をする池田選手。このファイナル4が日本リーグでの最後の試合となった

 

大会直前まで仕事のために十分な練習ができなかった池田選手は、準決勝の協和キリン戦のトップで貴重な1点を叩き出した

 

「ここ数年、『練習時間が短いから負けた』とか、『もっと練習をやりたい』という言い訳や不満は聞こえてこないです」

 

●ー日本リーグでも相手チームはかなり練習やっているチームがいたり、社会人選手権、全日本選手権とななればプロ選手が相手の時もあります。いくら企業スポーツとはいえ、「相手はセミプロ、プロだから負けてもしょうがないや」という言い訳を自分の中で作ってしまう時期もあったのでは?

工藤 それは間違いなくありました。3年間のコーチを経て、私が監督になった2013年頃はうちには実績のある強い選手は多くいましたが、試合で負けると「練習やっても上のチームには勝てない」と言い訳を言う選手もいたし、チームにもそんなムードがありました。その点は今の選手のほうが貪欲だと思います。

 

●ー練習時間、環境は当時も今も変わらないとすれば、何が変わったのでしょう?

工藤 当時のコーチ時代から石井さん(元監督)と二人で、仕事と卓球の両方を頑張れると判断した学生に入社試験を受けてもらってきました。つまりどのような学生に受験してもらうか、という点が重要になります。ここは非常に大きいと考えています。

 

●ー仕事と卓球を両立できて、会社としても有益になるであろう人に入ってもらって、そういう人がチームを引っ張り、仕事でも力を発揮できる人になる。その人の卓球への取り組み方を次の人も見習うという連鎖ですか?

工藤 まさにそうです。昔は大会の時でも、試合期間中にお酒を飲んで二日酔いで体調不良の選手がいました。私ですね(笑)。今は大会期間中にお酒を飲む選手はいませんし、大会の1カ月前から一滴も飲まないようなストイックな姿勢で卓球と向き合っている選手もいます。

 

●ーリコーに入る前から、その人を見極めながら、選んでいるということですね。

工藤 2018年に日本リーグで初優勝したメンバーは松生、鹿屋、山本、池田、有延、宮本でした。彼らは私が監督になってから入社した6人でした。素晴らしい学生に受験してもらえた証明だと思っていて、これは今の私の自信になっています。
ただ、その優勝以降は、上位3チームに入ったことはなく、今回は4位としてファイナル4に出場しました。日本リーグのファイナル4の歴史の中で、2018年以降2回優勝しているのはリコーだけです。一発勝負に強いチームと言えると思います。今回、準決勝で協和キリンに勝った時に、これはもしかしたらと思いました。しかし決勝の日鉄物流ブレイザーズとの戦力を客観的に比較し、正直2対8か、3対7だと思いましたが、団体戦ならではの雰囲気はありました。

 

●ー技術云々よりも、仕事との両立をしている選手ゆえの強さがあるのでしょうか?

工藤 それはあると思います。ここ数年、「練習やれていないから負けた」とか、「もっと練習をやりたい」という言い訳や不満は聞こえてこないです。むしろ私は「大会前だけど、今もっとやらなくていいのか?」とか思うこともありますが、「ぼくはもう少しやります」「ぼくは大丈夫です」としっかりと選手たちは自分の意見を言ってきます。

 

●ーどういうプロセスで卓球選手をリコーに入れるのでしょうか?

工藤 会社にはスポーツ枠で選手を選んでいいよとは言われているのではなく、まず卓球部側で受験志望者の中から1名受験させたい学生を選定し会社へ推薦する、認可が取れたらその学生に受験してもらう、という流れです。SPI(適性検査)を受けてもらい性格判断、ストレス判断をした後に会社の採用グループと面接をおこなって合否が決まります。

 

●ー卓球王国でも掲載した高岡くん(2月号「セカンドキャリア。選手たちのその後」)のように卓球も頑張るけど、社会人として会社でも頑張ります。卓球だけやっていればいいという選手はいないようですね。

工藤 基本的には両方頑張るという人が入ってきます。中にはそういう道に行かない人もいますが、卓球を終わってからの社会人としての人生を考えている人が入ってきます。
強い選手が入ってきた時に特別扱いすることはできるかもしれないけど、それが本人の将来にとって良いことなのかどうかは悩むところです。卓球をやめた後の人生のほうが長いですから。現役引退後、定年まで約30年あります。

 

準決勝、決勝と勝利はあげられなかったが山本選手はリコーを象徴するような質実なプレーヤーだ

 

中央大を卒業し、入社した小野寺選手。「彼が入ってきてチームの雰囲気が良くなった」と工藤監督は言う

 

「仕事もしっかりやりながら、卓球でも日本リーグ優勝を目指すという明確な目標を持っています」

 

●ー選手たちが現役を退いて仕事だけに専念していくというのは、年齢で決めるのですか?

工藤 今までは卓球部は会社から「6人体制」という決まりごとがあったので、6年間選手をやってから退くということで、28歳でやめる感じでした。去年引退した鹿屋は一番強い時に引退すると言うので「もっと卓球を続けていいんじゃないか?」と言いましたが、本人は「仕事を頑張りたい」という決断でした。鹿屋は現役時代から、土曜の練習後に英会話の勉強をしていたそうで、今はTOEICで結構良い点数を取っているみたいです。

 

●ー今回ファイナル4で優勝して、良い形で企業スポーツの道を歩んでいますが、将来的に、どのようにリコー卓球部を育てていきますか?

 

工藤 会社の方針は「仕事と卓球の両立」ですので、まずはその方針の通り、両方で会社に貢献するチームにしていきたいです。プロやゴールド選手を入れるやり方を羨ましいと思ったこともありますが、「リコーのやり方を貫く」という強い気持ちと責任感を持ってやっていきたいと思っています。
「このやり方でも勝てるんだぞ」という部分はブレずにやっていきたいですね。
会社からは毎期優勝を狙おうと言われますが、そんなに甘いものではなく、今回も運があって優勝できたということはあまり周りには伝わりませんね。
2018年に日本リーグで初優勝したのは創部60年目の優勝だった。次に優勝するのは60年後かもしれないと私は社内で言いましたが、今回は5年後に優勝できた。今のメンバーを見ても、簡単に達成できるような優勝ではないので、それを会社に伝えるのは私の大事な仕事だと思っています。

 

●ーとは言え、運だけで優勝できないだろうから、優勝には理由がありますよね。

工藤 仕事と卓球を両立させればメンタルが強くなって優勝できるのかと言えば、それだけではないと思います。自主性を重んじるマネジメントも理由のひとつかもしれないし、仕事もしっかりやりながら卓球でも日本リーグ優勝を目指すという明確な目標を持っているのも良い部分です。
あとは、先ほども言いました通り、仕事と卓球の両方で努力できる素晴らしい選手が入社しているという事です。
日本リーグのメンバーのチームを見ていても、それぞれが強いチームで、正直、後期リーグは入れ替え戦を覚悟しなければいけない気持ちもありました。ルーキーの小野寺は前期はシングルス2勝でしたし、山本と池田は30歳というベテラン、後期は出足で3連敗だったけど、第4戦のシチズン時計に勝ってから4連勝でした。これらは選手たちの仕事と両立させながら、卓球と向き合っている頑張り、責任感、そして絶対諦めない気持ちを象徴していますね。
これからもリコーらしい卓球、リコーらしい戦い方を卓球界の方たちにお見せしたいです。

●ーありがとうございました。


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2018年にTリーグが創設されてからは、プロ卓球選手としての対立軸で見てしまいがちな企業スポーツの日本リーグ。
卓球に打ち込むプロ選手も素晴らしいが、仕事と卓球を両立させながら、時間を無駄にせずに卓球と真摯に向き合う企業スポーツの選手たちも称賛されるべき素晴らしいアスリートたちだ。
そして卓球王国の誌面で紹介した高岡諒太郎(Ricoh USA)さんのように、仕事で頑張りながらも、卓球に打ち込んだ自分自身を心の拠り所にしている人も少なくない。まさに企業スポーツの鑑(かがみ)としてリコー卓球部が卓球界で存在感を放つことは、非常に意味深いことである。

 

郡山(右)と小野寺のダブルスは決勝で見事な勝利をあげた

 

決勝の4番で高見を破った小野寺選手

 

決勝の日鉄物流ブレイザー戦の5番で優勝を決めた郡山