イラン戦のあと、ミックスゾーンに現れた平野はうつろな表情で、目の焦点も定まっていないような状態だった
あの孫穎莎(中国)でさえ、インド選手に負け、女子決勝に進んだ6人のうち唯一全勝で終えたのは日本の平野美宇(木下グループ)だけだった。
しかし、決して圧倒的な力で、8試合をすべて勝ち切ったわけではない。特に、第2戦のイラン戦、粒高を駆使し、フォアを果敢に打ち込むアシュタリには、2ゲーム先取され、4、5ゲーム目では2回のマッチポイントをしのいだ。負けていてもおかしくない試合だった。
●女子第1ステージ(2戦目)
〈日本 3−0 イラン〉
◯伊藤 5、11、4 シャフサバリ
◯平野 −6、−9、6、11、11 アシュタリ
◯早田 8、3、4 セラジ
メディア席の横で見ていた水谷隼(五輪金メダリスト)さんは、「もっとフォアに攻めなきゃ、ボールがバックに集まりすぎ」と心配そうに声をあげていた。
テレビで女子を解説した平野早矢香(五輪メダリスト)さんは、後日、「世界卓球は内容も大切ですが、勝つことの方が重要、負けないことが大事で、平野美宇選手は競り合いをものにしたことが大きい」と語った。
4ゲーム目の10ー11、5ゲーム目の9ー10と2回のマッチポイントを握られながら、最後は勝ち切った平野だったが、試合後のミックスゾーンでは、放心状態で、目もうつろで、笑顔はなかった。
しかし、その後、一戦ごとに調子を上げていく平野。渡辺監督も、世界ランキングのポイントを考慮して、五輪シングルス枠を確定させている平野をオーダーからは外さなかった。
決勝トーナメントに入り、準々決勝ルーマニア、準決勝香港、決勝中国の平野は、素晴らしいプレーを連発した。
●女子決勝(2月24日)
〈中国 3−2 日本〉
◯孫穎莎 5、8、4 張本美和
陳夢 6、−8、−9、−12 早田ひな◯
王芸迪 −8、−11、−10 平野美宇◯
◯孫穎莎 2、7、6 早田ひな
◯陳夢 −4、7、8、7 張本美和
2月24日の中国との決戦は午後8時にスタートした。トップで張本美和(木下アカデミー)が孫穎莎に敗れ、早田ひな(日本生命)は東京五輪金メダリストの陳夢に勝ち、1−1で回ってきた3番。世界ランキング3位の王芸迪との試合では、平野はバック対バックで優位に立ち、フォアの打ち合いでも負けなかった。中国の大応援を沈黙させ、圧巻のストレート勝ちで、1971年以来の優勝に王手をかける勝利を平野はあげた。
その後、エース対決で早田が孫に、ラストで張本が陳に敗れ、悲願の優勝とはならなかったが、王者中国を敗戦の淵に追い込んだ。
試合後に平野はテレビの前でコメントした。「最終的には負けてしまったけど本当にこのチームで戦えてよかったし、5人みんなで頑張った結果だと思う。今までは『負けても仕方ない』とどこかで思ってしまった部分があったけど、こんなに悔しいのは今回初めてだと思うので、次の大会や五輪で借りを返せるようにこれから頑張っていきたい。決勝の舞台で、大きな大会で勝てるというのは、すごく自信になった」。
さらに表彰式があり、メディアセンターでの正式会見のとき、時計は夜中の1時を回っていた。会見場に座った平野は悔しさはあるものの、確かな手応えを感じ取っているような表情で語った。
「相手も私もバックが得意で、右対右ではそこの展開が重要、そこで負けなかったので相手に圧力をかけられたのかと思う。だんだん調子が上がってきて、最後で一番良い試合ができた。今回、客観的に見ても、最初は自分が何をやっているのかわからなくて、コントロールするのかつなぐのかがわかりにくい試合だった。最後の決勝は何を自分がしたいのか、わかりやすい試合ができたので、もっとそれを極めていきたいし、もっと完璧にしたいですね。
大会の最初のほうは、(五輪代表の最終選考試合となった)全日本が熾烈すぎて、切り替えられていなかったところも少しあったけど、毎日試合に出させてもらい、反省して、毎日コーチと話し合ったり、選手からアドバイスをもらったり、試合で吸収して、成長することができた。試合に出させてくれた渡辺監督、張コーチ、アドバイスをくれた伊藤美誠選手にも感謝したい」
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