卓球王国 2021年7月20日 発売 vol.292
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水谷隼「勝ったらヒーロー、 負ければ何を言われても文句は言えない。 そういう世界ですから」

<卓球王国2012年8月号より>

2012年1月の全日本選手権大会決勝で新鋭の吉村真晴に敗れた水谷隼。

全日本チャンピオンではなくなったが、ロンドン五輪のメダル候補であることは間違いなかった。

しかし、のちに全日本チャンピオンでない彼がロンドン五輪に向かうことで歯車が狂い始めたことに気づく。

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ロンドンへの道 

 

2012年7月28日にスタートするロンドン五輪・卓球競技。

日本は男女とも88年に五輪競技となって以来、初のメダル獲得を狙う。

男子ではシングルスに水谷隼と岸川聖也が出場。

第3・4シードの可能性のある水谷にはシングルスのメダルの期待が高まり、

丹羽孝希を加えた団体戦では、世界選手権団体で3大会連続3位の日本は

熾烈なメダル争いを繰り広げることになるだろう。

今号では、男子日本代表3人の五輪への決意を聞いてみた。

 

インタビュー=今野昇

写真=高橋和幸

 

 

水谷隼

スヴェンソン(2012年当時)

 

 

メダルという結果は絶対必要なんですね。

メダルを獲れれば成功で、

獲らなければ失敗です

 

 

勝ったらヒーロー、

負ければ何を言われても文句は言えない。

そういう世界ですから

 

日本のエース、水谷隼。北京に続き2度目の五輪は、正真正銘、メダルを賭けた戦いの場となる。団体戦において、日本男子は「水谷のチーム」と言って良いだろう。彼が勝たないことには、日本の悲願達成は夢と消える。6月現在、世界ランキング7位の水谷は、ジャパンオープンの優勝でボル(ドイツ)を抜き、シングルスでも2人の中国選手(張継科・王皓)のあとの第3シードがほぼ確実となり、メダルを十分に射程圏内としてとらえた。

ロンドンへの意欲を見せる一方で、連覇を続けていた全日本選手権での敗戦を水谷隼は語った。

●─オリンピックが迫ってきました。状態はどうでしょう?

水谷 ベストとはいかないまでも順調だと思います。合宿も始まって、今回(6月)はロシア、スウェーデンと一緒にやっている。トレーニングも前よりきつくやっているし、練習も長くやっている。良い練習をやれば、これからも成長していく感じがします。

 

●─5月の合宿では精神的にも、体力的にも落ちている感じがしたけど。

水谷 体がしっかりしないと良い練習もできないし、トーナメントでは連戦になるので最後まで戦い抜く体力も必要だし、故障もしてはいけない。まず体が軸となって、そこから技術があって、戦術があるので、今は体が非常に良い状態になっています。

●─オリンピック前の半年間に全日本選手権で負けたり、世界選手権ドルトムント大会でも不本意な面はあったと思う。

水谷 この1年間はあまり結果を残せなかったのは事実で、唯一良かったのはクウェートオープンで優勝できたこと。他はオフチャロフに負けたり、丹羽に負けたり、荘智淵に負けたり、今まで勝っていた選手に負けたこともあった。技術的にも肉体的にも前より落ちていたから結果が残せなかったけど、そういう自覚ができたのは良かった。しっかりしないと世界では勝つのは難しい。

前向きに考えればこの1年間は落ち着いた時期。今まで卓球ばかりやってきたので、落ち着いてゆっくりした時期です。

 

●─北京とロンドン、1回目と2回目では全然違うオリンピックだろうか。

水谷 そうですね。ただ周りが求めてくるものは大きくなる。そこで矛盾してくる部分が出てくる。強くなればなるほど自分にいろんな人が関わってくるので、その人たちに言われたことができないこともある。いろいろ悩む面もあります。高山(幸信・前明治大監督)さんも自分から離れて、今はひとりでいることが多くなって、ナショナルチームも合宿や遠征以外は全然関わってくれないので、自分でやっていかないといけない。自分自身のことは自分が一番わかっているのに、たまに会う人にああしろ、こうしろと言われて「やんなきゃいけない」という気持ちになるのは良くないですね。

 

●─では、どうしたらいいのだろう? マンツーマンのような、中国の国家チームみたいな環境が良いとか……。

水谷 (マンツーマンの指導者が)いればいいけど、それを日本に求めるのは現実として無理だと思う。本当の一流の指導者というのは、現役時代に一流プレーヤーで、現役を終わった後に医学やトレーニングの知識を勉強して担当コーチになる。でも、そんな中国のような体制は日本には望めない。ならば、自分で医学やトレーニングなど、卓球につながる勉強をやっていくしかない。そして、いつか自分が指導者になった時に、それが当たり前の環境にしたい。

 

●─全日本選手権で連覇を続けていたのに今年の1月に敗れた。チャンピオンとしてのプライドも高かった水谷君にとって敗戦の意味とは? あれで変わる部分があるのかな?

水谷 それはないと思う。全日本で負けて、その時には一生懸命やってきて勝てなかった悔しさはあった。練習してきたのに記録を伸ばせなかった自分に対して悔しい思いはあった。ぼくは5回も勝っているから優勝しても評価されない。

ストレスはありますね。全日本が終わった後に、「吉村のこういうところをもっと真似しろ」とか、「吉村にあって隼にはこれがない」とか言われていたのをずっと我慢してました。

 

●─それをエネルギーに変えるとか。

水谷 もちろん、それはあります。ただ、初優勝の時と5連覇の時では同じ価値の優勝だったとは全然思えない。勝ち方にもこだわられるし、勝っても評価されないし、だんだん何かを見失っていくんですよね。勝てば勝つほど、どんどん縛られていく。なんで勝っているのに縛られるんだろうと。周りは求めるものがどんどん高くなってくるので、それを跳ね返そうとしてたんですけど、ストレスがたまっていったり、落ち込んでいったり、精神的にもお手上げ状態だった。それは全日本が終わって、ドルトムントでもそうだった。

ドルトムントの3位は立派だと思うけど、誰も評価してくれない。

 

●─評価しないことはないけど、自分自身も同じ成績では満足できないでしょ。

水谷 もちろん、そうです。喜ぶことがなくなりましたね。全日本での優勝もそうだけど。クウェートで優勝してきた時でも格下の選手にしか勝ってないから、当然と思われるかもしれない。喜びがほとんどゼロで、卓球を続けるとほとんどマイナスのことしかないから、勝ってくるとそういうことがつらいですね。

 

●─上に行けば行くほど、空気が薄くてつらいものだろうし、頂点まで行かないと喜びがないのかな。それを理解できる人は少ないですね。

水谷 その辺で今までは苦労したけど、今はだいぶわかってきた。それはぼくしかわからない。普段、ぼくの生活を見ている人もいないわけだから、誰も普段のぼくを知らない、素の水谷隼を知らないわけだから、その人たちに言われる意見が参考になるわけがない。自分の直感で思ったことが正しいと思う。自分が自分に対して意見を言ったり、自分に対して思ったことを行動に移していったりしないといけない。

 

●─孤独だね。

水谷 今に始まったことじゃないですよ。個人競技だし、仲良しごっこしてるわけじゃない。それは現役が終わったらすればいい。現役の時にはみんなが敵だし、私生活においてもみんなは敵ではなくてもライバルだし、みんな「打倒・水谷」なんだから、普段からそういう意識は常に持っている。

 

●─君自身の苦しみは君しかわからない。誰も理解できない。一方で、君しかわからない喜びや感激もある。世界のヒーローになる目標があって、そのために頑張るわけでしょ。

水谷 それは周りの人が応援してくれるからですよ。いろんなひとがサポートしてくれているから。自分のためだけじゃないですよ。自分のためだけだったらこんなに苦しいことはできないし、もっと妥協しますよ。自分が限界だと思って、それを乗り越えようとする時には「周りの人のために」という気持ちがあるから越えられる。本当に自分のためだけだったら楽したい。家族が応援してくれてありがたいし、ファンの人が支えてくれる、そういうことを考えると今の自分よりもさらに上を目指そうと思う。昔は全日本で優勝しようとか、オリンピックに出ようというのが目標だった。それを達成した時点では満足しているけど、そこからさらに上を目指そうと思う時に自分だけでは心が折れてしまうと思う。