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インタビュー

全日本マスターズ女子サーティ女王・片上知代さんに聞く「なんで、そんなに卓球が楽しいんですか?」

 今月開催された全日本選手権マスターズの部・女子サーティで初優勝を果たした片上知代さん。コートに立てば眼光鋭くボールを追う勝負師の顔、コートを離れればSNS上では天真爛漫、打って踊って少女のような笑顔。密かに「なんか、楽しそうだな~」と気になっていたので、そんな片上さんに少しお話を聞いてみました。

〈インタビュー:浅野敬純〉

【PROFILE】

片上知代/かたがみ・ともよ(旧姓:平田)

香川県出身。百十四ジュニア→山陽女子中→青森山田高→東京富士大→愛媛銀行→フォーネット

・1996年 全日本ホープス3位

・1999年 全中団体準優勝

・2002年 全日本ジュニア ベスト8

・2002年 インターハイシングルス ベスト16

・2017年 全日本クラブ選手権一般 準優勝

・2022年 全国ラージ単複2冠

・2022年 全日本マスターズ・サーティ 準優勝

・2023年 全日本クラブ選手権一般 準優勝

・2023年 全日本マスターズ・サーティ 優勝


■今は「なんなら、負けた方が楽しい」

―今日はよろしくお願いします。まずは片上さんが卓球を始めたきっかけについて聞かせてください。

片上 実家に卓球台があって、そこで卓球を始めました。でも、ちゃんとチームで卓球をやっていたのは百十四ジュニアですかね。他にも、相原(ひとみ)先生が塾みたいな感じで教えていた頃にあいはらスクールにも通っていました。

 

―ご自宅に卓球台があったということは、ご家族も卓球をされていたんですか?

片上 両親は卓球をやっていなかったんですけど、私の姉が卓球を始めて、それで父がハマった感じです。父が球出しをしたりして、姉が練習できるように卓球台が1台置けるくらいの小屋を作りました。私が卓球を始めたのも、姉がきっかけです。

 

―そこからホープスで3位になり、中・高・大と学生時代は名門チームで過ごしてきたわけですね。

片上 そうですね。中学が山陽(女子)、高校が(青森)山田、大学は東京富士でやらせてもらって、そこからひめぎん(愛媛銀行)です。私が入った頃のひめぎんはまだ創部2、3年目で、日本リーグにも入っていなかったんですけど、これからチームとしてやっていく、最初の頃のメンバーでした。

青森山田高時代

 

―やっぱり、学生時代はストイックにやっていたというか…

片上 ストイック……だったんですかね。今になって思うと「やらされていた」感じがあったかもしれないんですけど、サボるようなことはなくて、結構しっかりやっていました。

 

―当時、目標みたいなものってありましたか?

片上 ずっと日本一になりたいとは思っていました。それこそ、小さい頃は日本一になって、世界で戦うような選手になることが目標でした。

 

―日本一を目指して学生時代を過ごして、その後は実業団でもプレーして、今はクラブチームで卓球を続けているわけですけども、今と昔では卓球の楽しさって違いますか?

片上 ずっと卓球は好きだったし、学生の頃も楽しいというのはもちろんありましたけど、なんだろう……今の方が楽しいです。学生の頃とか、ひめぎんでやっていた頃は強くなって勝つことが楽しかった。でも、今は勝っても負けても楽しいし、なんなら、負けた時の方が楽しかったりします(笑)。

 

―おお、負けた時の方が楽しい。

片上 負けたら負けたで「次はどうしよう」「これからどんな練習しよう」っていう目標ができるし、やりたいことが見つかるんですよ。結構、負けることにも楽しさを見出しているというか。昔と違って、勝っても負けても結果を前向きにとらえられていますね。

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