卓球王国 2024年4月22日 発売
バックナンバー 定期購読のお申し込み
トピックス

[伊藤条太]戸上隼輔、全日本連覇に見る“本当の強み”とは

相手は負けて元々と思い切ってぶつかってくるし、

心なしか観客も挑戦者を応援しているような気がしてくる

 

2023年全日本選手権(以下、全日本)の男子シングルスで、戸上隼輔が見事2連覇を達成した。近年、全日本の男子シングルスで安定して勝ち続けることは極めて難しく、破格の選手であった水谷隼以外には連覇した選手はいない。連覇どころか、優勝の翌年は明らかに成績が落ち込むのだ。2017年優勝の張本智和こそ、翌年以降も2年連続でベスト4に入ったが、2011年優勝の吉村真晴、2012年優勝の丹羽孝希は、いずれも翌年はベスト16に終わっているし、2019年優勝の宇田幸矢、2020年優勝の及川瑞基にいたってはベスト16にも入らなかった。その後、成績は回復するが、優勝の翌年はあたかも優勝の反動のように不振となる傾向がある。

実力が拮抗している選手が大勢いるとはいえ、その中でも上に挙げた選手たちはいずれも安定して上位層に位置しており、決して大まぐれで優勝したというわけではない。にもかかわらず、全日本優勝の翌年の不自然なまでの落ち込みは、単に“実力が拮抗している選手が大勢いるから”では説明できない。

原因として考えられるのが卓球の競技特性である。極めて複雑・多様な対人競技である卓球では、戦術の果たす役割が大きい。全日本チャンピオンともなれば、他の選手の参考となり、目標となり、ゆえに研究の的となる。一方で当のチャンピオンは、競合選手全員を研究するわけにはいかないから、あたかもひとりで全員を敵に回すイメージとなる。こうした不均衡が連覇を困難なものにすると考えられる。

そして、こうした構図とも関係してくるが、最大の要因と思われるのが心理面への影響である。優勝するほどの選手なら誰でも優勝を目指して挑んだはずだが、それでも初優勝したときには「まさか本当に優勝できるとは思っていなかった」と語ることが多い。優勝できると思っていなかったからこそ、心身ともにリラックスし、無我夢中で動いてラケットを振り、結果的に最高あるいは実力以上のパフォーマンスを発揮し、結果として優勝する。

それは自分でもわかっているため、会見などでは「ここからが本番」「初心に返る」などと自戒を込めた決意を語るが、どれほど決意しようとも、チャンピオンになったことの心理的影響からは逃れられない。

自分は全日本チャンピオンなのだという自負と、それとは裏腹の「あれでもチャンピオンか」という陰口の被害妄想の念に囚われ、SNSなどでは妄想ではなく現実の誹謗中傷に晒される。

相手は負けて元々と思い切ってぶつかってくるし、心なしか観客も挑戦者を応援しているような気がしてくる。かつて世界選手権で金メダルを12個獲り、後に国際卓球連盟会長となった荻村伊智朗も、著書の中でそうしたチャンピオンの心理を見事に描写している。

「みんなが自分を応援してくれたような気もしたけれども、こんどはみんなが自分をやっつけようとしているように感じるのです。後からグサッとやられたような気持ちになったのは私の未熟なところでした。(「笑いを忘れた日」卓球王国刊)

 

打ち出したら止まらない戸上隼輔の爆裂卓球

 

超攻撃的な爆裂卓球を、

常に平常心でコントロールできること、

それが戸上の本当の強み

こうした心理が“負けられない”というプレシャーとなってのしかかる。指先の細かな動きや瞬間的な反応が勝敗を決める卓球では、これがプレーに途方もない影響を与える。それまで無意識だったスイングに違和感を覚え、構える位置やグリップまでも考え込み、何もかもが上手くいかなくなる。ついには「優勝なんかしなければよかった」とさえ思うようになる。

以上は極端な例だが、こうした“優勝後遺症”とも言える状態を乗り越えて再び優勝することはまさに苦難の道であり、それゆえに真価が問われる。石川佳純が17歳で初優勝したときは泣かなかったのに4年後に2度目の優勝をしたときは涙が止まらなかったし、今回2度目の優勝を果たした早田ひなが「前回の優勝は勢いだったけど今回は実力」と記者会見で語ったのはそのためだ。

こうしたことを考えると、戸上の連覇は異例である。水谷ほど圧倒的に強いのならともかく、現状、戸上はそこまで飛び抜けた実力を持ってはいない。にもかかわらず連覇を成し遂げた。なぜだろうか。

戸上の卓球は、フォアもバックもとにかく打ちまくって動きまくって大声を出す、まさに“勢いが命”と言ってよい爆裂卓球に見える。それゆえに好不調の波が大きく、もっとも連覇が難しそうに見える。

しかし、プレーをしていないときの戸上は、まったく別の顔を見せる。爆裂どころか、いたって温和かつ冷静である。昨年の優勝インタビューでは「自分の物語はまだ始まったばかり」とあらかじめ用意していたようなフレーズを口にし、今年は観客に向かってアントニオ猪木の定番フレーズ「みなさん!元気ですかーっ!」を叫ぶユーモアさえ挟み込んだ。自己アピールでもあり観客サービスでもあるこれらの発言から感じるのは、勢いとは対極にある客観的な冷めた視点である。

「根拠のない自信を持って戦いました」という言葉も、その意味するところとは逆に、この男が自分の思い込みさえも客観視する冷静な視点を持っていることを浮き彫りにする。

この冷静さ、客観的視点が、戸上を優勝にともなう精神的葛藤から遠ざけたのではないだろうか。優勝はしたが、それはたまたまであって、謙遜でも心がけでもなく、単純な事実として“自分はまだまだ”という認識。それが戸上をフラットな精神状態に保つのだろう。

戸上は会見で「優勝できるとは思っていなかった」と、まるで初優勝した選手のように語った。戸上にとって、去年優勝したことは何も関係がなかったのだろう。超攻撃的な爆裂卓球を、常に平常心でコントロールできること、それが戸上の本当の強みなのかもしれない。

(卓球コラムニスト 伊藤条太)

 

優勝直後の会場インタビューで「みなさんに一言どうぞ」と振られ、「元気ですかー!」と発声しながらも、どこか照れくさそうな笑みを見せた戸上

 

関連する記事