卓球王国 2021年7月20日 発売 vol.292
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2013年、日本の意地を見せた瞬間。世界メダリスト水谷と岸川のプライド

<卓球王国2013年8月号より>

2009年世界選手権横浜大会に続き、2013年世界選手権パリ大会で、日本の水谷隼・岸川聖也のダブルスが銅メダルを獲得した。

2012年ロンドン五輪で男子シングルスと男子団体でメダル候補と言われた水谷と日本だが、メダルを獲得できずに失意の底に沈んでいた。

そんな日本男子にとって、飛躍にきっかけになるメダル獲得となり、それはのちのリオ五輪にもつながるものだった。

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2009年の世界卓球での銅メダル。

横浜の観客は地元でのメダル獲得に沸いた。

しかし、パリでの水谷隼と岸川聖也にとって

銅メダルの重さと意味は違うものかもしれない。

表彰式の後、充実感と悔恨が交錯する中で二人はその胸中を語った。

 

インタビュー=今野昇

写真=アン・ソンホ/渡辺友

 

 

[2013年世界卓球 男子ダブルス銅メダリスト]

日本の意地。水谷と岸川のプライド

日本人同士のビッグマッチ、3回戦で松平健太/丹羽孝希と対戦する水谷/岸川ペア。オールラウンドペア対速攻ペアの対決は、ゲームオールジュースで水谷/岸川ペアに軍配が上がった

 

 

 

水谷「シングルスで負けてしまってダブルスしかなかった」

岸川「メダルを獲らないと意味がないというのは負けてみてわかる」

 

2013年5月19日の夜、パリのベルシー体育館の中で、スポットライトを浴びながら男子ダブルスの表彰式が始まった。前日の準決勝で中国ペアに敗れた日本の水谷隼と岸川聖也の二人は、表彰台で銅メダルを胸にかけ、観客から大きな拍手を浴びた。表彰台の中央に立ったのは、チャイニーズタイペイの荘智淵と陳建安のダブルス。日本ペアはタイペイペアに敬意を払いながらも、心中、自分たちが金メダルを獲っても何らおかしくないと思っていたはずだ。

表彰式後の金メダリストの記者会見が行われているプレスルームで、胸に銅メダルをかけたまま、水谷と岸川のインタビューを行った。

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●─まず、この大会を総括してください。

水谷 1月に全日本選手権が終わり、2月の下旬から合宿と試合が続き、本当に休みなくこの世界卓球に向けて練習してきました。シングルスは初戦敗退でとても悔しい思いをして、ダブルスはその鬱憤を晴らすような良いプレーができて、メダルを獲得することができました。準決勝は0ー4だけど、各ゲームにチャンスがあっただけに悔しいし、まだまだ自分の力が足りなかったことを実感しています。

 

●─メダルは獲得したけど、悔いもある。

水谷 最低限のもの、それがこのメダルです。

岸川 男子チームは長い間合宿をやっていて、ぼく自身、合宿の後半から調子は上がっていたし、準備がうまくいったと感じていました。試合に入っても、気持ちの面での調整は難しかったけど、プレーは調子が良かった。それが試合の結果に現れた。ダブルスは前回ベスト16で負けて、やっぱりメダルを獲らないと意味がないというのは負けてみてわかるので、その経験を生かして、メダルに挑戦してきて、獲得できて良かった。シングルスは前回のベスト32が最高の成績だったけど、それを上回る結果(ベスト16)が出せて良かったです。

 

●─4年前の横浜大会でのメダルと今回のメダル、同じ銅メダルでありながら、その違いとは何でしょう。

水谷 4年前は一度も獲ったことのない世界での個人のメダルだったし、すごくうれしさもあった。あの時は本気でダブルスでのメダルを目指していたので、それを勝ち取った喜びがあった。今回はメダルを獲得したけど、その時のようなうれしさは少ないですね。今まで、団体でも銅メダルを獲っていて、いい意味で世界の銅メダルに慣れていて、ここで満足できなくなっているので、次はもっともっと上を目指していきたいと思っています。

岸川 同じ銅メダルでも違う意味はもちろんあると思うけど、ぼくは今回も素直にうれしいです。2回メダルを獲っているダブルスペアというのは、ぼくの記憶の中ではあまりいない。これからもっと練習して、経験を積んで、モチベーションを上げて二人でやれば、決勝進出も見えてくると感じた大会でした。

 

●─横浜では、二人のダブルスにおける良い部分がたくさん出てメダルを獲ったけど、その後、水谷選手は世界ランキングも上がりシングルスでも成績を残す一方で、お互いの実力やランキングが上がるにつれて、逆にダブルスでは成績をあげられなくなっていた。

水谷 横浜でメダルを獲得して、その後、ぼくはシングルスで良い成績を出せるようになり、プロツアーでもシングルスで勝ち残ることが多くなって、ダブルスに集中することができなかった。

ダブルスの練習も合宿でもやらないし、全日本選手権の時にも一切やらなかった。練習をやらなかったから結果が出なかったのも当然で、気持ちの面でもシングルスのほうに向いていたと思います。

今回、合宿の中でダブルスの練習がたくさんあって、やっていく中で、ぼくたちが金メダルを獲れるかもしれないという可能性を自分自身感じていた。だからこそ本気でダブルスで頂点を狙っていくという気持ちで練習に打ち込めた。そして、シングルスで負けてしまってダブルスしかなかったので、ダブルスへの思いがより一層強かったからこういう結果が生まれた。

 

●─横浜では、メダル獲得が最終目標だったかもしれないけど、今回はもちろんその上を狙う気持ちだったということだね。

水谷 もちろん横浜ではうれしかったけど、今回は銅ではなく、やっぱりダブルスでは金メダルが欲しかった。自分としては銅ではうれしくない。全日本選手権でも銀メダルや銅メダルではうれしくないのと同じで、今はそういう気持ちに近いかな。

岸川 4年前にメダルを獲って、ダブルスに対してモチベーションが下がった部分もあります。横浜のあとは、隼は(2011年ロッテルダム大会の前に)ロンドンのオリンピックの出場が確定していたけど、ぼくも(五輪の)シングルスでの切符を手にしたくて、気持ちがシングルスのほうに向いていた部分もあった。(五輪出場が)決まってから1年間は吉田(海偉)さんや(松平)健太、丹羽(孝希)とかと組んで、(3人目が)決まってからも丹羽とずっと組んでいて、ワールドツアーに隼とのペアで出ていなかったので、結果が出ないのも当たり前だった。でも、今回世界卓球で組むことになって、もう一回メダルを、と強く思えたし、組み合わせが決まったあとも、健太・丹羽に勝てばメダルのチャンスがあると思ってました。隼はシングルスの1回戦で負けてかなり難しい面もあったと思うけど、ダブルスに賭けてくれたので、ぼく自身もダブルスに賭ける思いは試合をやっていく中でだんだん強くなっていきました。