卓球王国 2021年3月19日 発売 vol.288
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「環境を変えれば、意識が変わる」松下浩二

<卓球王国2011年7月号より>

 

「変えて」強くなる

 

“Change”is the key to 

improve yourself.

あなたの潜在力は眠っている vol.2

 

松  下  浩  二

(元全日本チャンピオン)

常に環境を変え、前例のないことに挑戦し続けたプロ選手。ひとつ上のレベルを目指し、誰もやっていないからこそ価値があるというポジティブ思考を持った選手だったが、用具とプレースタイルだけは大胆に変えられなかった

1997年にブンデスリーガ2部に参戦、1年後に1部のボルシア・デュッセルドルフからスカウトされた松下浩二。日本人初のブンデスリーガーとして先頭を走った

 

環境を変えれば、意識が変わる。

 

「変える」意識がなければ進歩は止まる。

「変える」ことで強くなった時期が私には選手時代に3回あった。

 

1回目は桜丘高校(愛知)から明治大学(東京)に進学した時。環境が大きく変わった。当時、明治大には強い選手がたくさんいて刺激になったし、東京に来たことで、実業団チームへ練習に行くことができて、質の高い練習をすることができた。練習する相手が日本のトップクラスになったわけで、自分の力もそれにつられるように上がっていき、急激に伸びていった。

2回目は、93年にプロ宣言した時だ。それまでは社会人選手として会社に通いながらの選手生活だったが、フルタイムでのプロ生活に変わった。思い切り卓球をできる気持ちがある一方で、プロとして生活がかかっている、失敗できないという重圧も感じた。それまでに前例のないことだったから、やりがいがある一方で、リスクもあった。しかし、アマチュアからプロフェッショナルへと環境が変わったことで、モチベーションも、自分の卓球への気持ちも変わり、その年の全日本選手権で優勝することができた。

3回目は、97年にドイツのブンデスリーガに挑戦した時。この時も、日本からドイツと、環境は大きく変わった。当時は、自分はもっともっと強くなりたいという気持ちにあふれていたし、実際に、ドイツでは世界の強豪選手とともに練習することで自分の意識も技術も変わっていった。それが、2000年の世界選手権(団体)で日本が銅メダルを獲得したことにもつながっていくし、同年には世界ランキングを自己最高位の17位まで上げることができた。

いくらやる気があっても、環境によって選手が生かされないこともある。水谷隼、岸川聖也を見ればわかるように、ジュニア時代にいきなりドイツという環境に放り込まれ、毎日、プロコーチの指導を受けながら、強い選手と練習をして、試合を繰り返すという、いたってシンプルな状況だが、素質のある選手はその中でグングンと強くなっていく。モチベーションの高い選手が良い環境でやれば、必然的に強くなっていく良い例だろう。

環境を変えるということは、ひとつのチャレンジである。今のままではダメだ、現状よりもひとつ上のところを狙うためには外に出て行かなければならない。指導者も選手のことを考えるのであれば、自分の手元に置くだけではなく、外に出して環境を変えることで選手を伸ばしていくことも考えてほしい。

ぼくにとっては、用具を変えることのほうが、環境を変えることよりも難しかった。用具を変えることはプレーを変えることで、リスクもあるし、不安もある。強い選手のいる環境に飛び込んでいくのは、自分がある程度強くなるのは読めるが、用具を変えることで強くなるかどうかははっきりとは読めない。失敗するリスクがある。

たとえば、ぼくの場合は、ラケットもラバーも選手の途中の段階で弾むものに変えて、台のそばで攻撃を増やすような努力をしたけれども、失敗しては、カットで粘るという原点に戻り、また挑戦することを繰り返した。もっと大胆に用具もプレースタイルも変えることができていたら、世界17位ではなく、トップ10以内に入っていたかもしれない。それほど用具を変えることは、ぼくにとっては難しいものだった。

選手が「今のスタイルで大丈夫」と考えるのは危険なことだ。その時点で、進歩が止まるからだ。もっと改善する、もっとプレーを新しくするという気概を持っていないと、選手の伸びは止まってしまう。だからこそ、「変える」ことを躊躇してはいけない。勇気を持って、「変える」ことに挑戦しよう。