卓球王国 2021年9月21日 発売 vol.294
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水谷隼「卓球に人生を賭けています。 卓球のためなら自分がどうなろうと構わない」

アーカイブ[水谷隼 全インタビュー]

<卓球王国2010年4月号より>

全日本チャンピオンインタビュー<2010年>

 

水谷隼

明治大・スヴェンソン(当時)

 

2010年1月、全日本選手権の決勝では3度目の対決となった吉田海偉戦。相手のサービスに苦しんだもののストレートで破り、4連覇を決めた

 

「自分がもっと強くなればなるほど、

日本の新しい卓球がみんなに伝わっていく。

昔のままの日本の卓球では勝てないし、

今は今の卓球があるから、

それをぼくが一番に示していきたい」

 

 

水谷隼の優勝には、逆転勝ちが付き物だ。

一昨年の坪口戦、昨年の岸川戦、

そして今年の張戦。

劇的な逆転勝ちが連覇を支え、

彼の強さと執念を際立たせている。

20歳にして、全日本で4度目の優勝。

異才のチャンピオンは

なぜこれほどまでに強いのか。

その強さの原点に迫った。

 

インタビュー=今野昇  

写真=佐藤佑樹・渡辺塁・江藤義典

 

 

試合をしていて楽しかった。

7―9になってようやく

試合をしている気分になってきました

 

 「全日本のあとの1週間は、卓球のことは考えたくないと言っています」とマネージャーに言われ、インタビューの時を待った。大学の後期試験の合間を縫って現れた水谷隼は、重圧から解放され、饒舌に語り始めた。

 

●―優勝してから1週間経ったけど、優勝直後と今の気持ちでは違うものですか?

水谷 全然違いますね。終わった直後は、やってきたことをいろいろ思い出して、「やってきたから優勝できたんだ。優勝できて良かった」とその日の夜とか、次の日も考えてました。今は燃え尽きてしまった感じです。

 

●―大会前の感触は?

水谷 全日本前の組み合わせを見た時は、(優勝した)4回の中で今回がダントツにきつかった。6回戦でいきなり丹羽(孝希)でしたから。それにそのあと韓陽。韓陽とは一緒に大会に出たり、練習してきたので、そういう選手と試合をすると何が起こるかわからない。実力で言えば、間違いなくぼくのほうが上だという自信はある。自分には弱点があまりないと思っているけど、相手は挑戦者として向かってくるから、絶対勝つとは言い切れない。

 

●―丹羽戦は前半のヤマ場だった。

水谷 ぼくはサービスが得意だけど、丹羽とはNT(ナショナルチーム)で一緒に練習しているからサービスが効かなくて、サービスが効かないとレシーブでも思い切ってできない。

正直、試合前は4−0か4−1で勝てると思っていたんですよ。競った原因はレシーブです。練習していた時よりも丹羽のレシーブがうまくなっていて、ガツンと切ってきたり、ストップしてきたので、こんなにレシーブができるんだなと焦りました。ラリーになると浅めにボールを集めてきたからカウンターができなかったし、ずっとバックにばかり打ってきて、うまく攻めてきた。それに3ゲーム目になったらぼくも疲れてきた。(2−2のあと)5ゲーム目の出足でサービスを変えて、それが効いたのでリードできた。

 

●―準々決勝の韓陽戦は完勝。サービスが効いていた印象だった。

水谷 サービスで優位に立てるのはわかっていた。1年前のドイツオープンで彼と試合をした時に良い内容で勝てていたので、試合前から勝つイメージがあった。相手のサービスの変化はわかっていたので、そんなにレシーブで苦労しなかった。彼の調子も少し悪かったと思います。

 

●―準決勝は岸川聖也ではなく、張一博が上がってきた。

水谷 岸川さんが来るかなとは思っていたけど、岸川さんは今回調子が悪かった。張一博とは青森山田で一緒に練習していたし、練習試合では50回くらいやっている。

 

●―張戦の1ゲーム目、10−6から6本連取で逆転された。

水谷 練習試合をしている時もいつも8−4、8−5からまくられることが多かった。1ゲーム目の10−6になった時に突然それを思い出して、まくられるかなと思って、10−8になった時にこれはやばいなという感じだった。

やりづらくはなかったけど、ブロックが微妙に変化していた。ナックルだったり、ボールを伸ばしてきたりして、自分が攻めているんだけどミスが多かった。相手は凡ミスが少ないので、どこに打てばいいのかわからなかった。得点パターンが見つからなかったし、サービスもあまり効かなくて、相手のレシーブミスが少なかった。

 

●―2ゲーム目を取り返したけど、3、4ゲーム目を連取された。1−3とゲームをリードされ、5ゲーム目も7−9とリードされたところでタイムアウトを取った。

水谷 自分が攻めていたイメージがあって、勝てると思っていたのに、ブロックされて得点できないでいた。ブロックが変化しているのに気づけなかったし、対応できていなかった。

今まで3連覇してきたのに、「こんなに簡単に試合が終わっちゃうのかな」と思いました。「勝つ時には頑張って積み上げてきたのに、負ける時には一瞬なんだな」と。「なんでこんなに攻めているのに負けるんだろう」と。その時に点数見たら1−3の(5ゲーム目)7−9じゃないですか。「そんなこと考えている場合じゃない、負けるよ」と思った。ベンチに帰って、観客席にいる家族を探しました。「やばい、心配させてるよ」と思いました。

ただ、試合をしていて楽しかった。7−9になってようやく試合をしている気分になってきました。負けても1本でも多く試合をしようとコートに戻った。そこで8−9になったら一博がタイムアウト。相手はもっと落ち着いていると思っていたら、8−9になったらすぐにタイムアウトを取ったのを見て、彼も焦っていると感じました。本当はそこで(張は)取るべきじゃなかったと思う。ぼくは疲れていて休みたかったから、ぼくにとっては良かった。

 

●―8−9から3本連取でこのゲームを取った。

水谷 9−9からの1本は攻めて攻めて、動いて動いて、3回くらい飛びつきました。負けてもいいから、1球でも多くやろうと。この5ゲーム目を取って、精神的に落ち着いたし、「勝った」と思いました。

 

●―6ゲーム目は4本で取り、最終ゲームに入った。

水谷 もう自信満々でした。だけど10−6になった時にアジア選手権(団体決勝)を思い出しました。あの時の中国戦で許シンに10−7から逆転された試合が頭をよぎった。その時(アジア選手権)は9−7から(台上の)払いで10−7にした。一博の時も同じように9−6から思い切った払いで10−6にしたので、アジア選手権をすごく思い出した。それ(逆転負け)を繰り返さないように反省して、勝つぞという気持ちと、また逆転されるのかという気持ちの中で葛藤してました。

一博に勝った瞬間は、優勝した気分になってしまった。