卓球王国 2024年12月20日 発売
バックナンバー 定期購読のお申し込み
アーカイブ

水谷隼「卓球に人生を賭けています。 卓球のためなら自分がどうなろうと構わない」

「あの世界ジュニアで負けた日は悔しくて眠れなかった。

試合前にあれを思い出すとすごい集中できるんです」

大会のベストゲームは水谷隼対張一博の準決勝。まさに死闘だった。写真は試合後の両者

 

決勝で強い理由はそれです。あれがあったから決勝で強い。

人前でやるのは嫌ですから。

昔から練習しないという

イメージを作られていて、

そう思われているからそれを壊したくない

 

今回のインタビューで水谷は自分の内面を語った。彼の心の中に重なる澱のような記憶の中に、彼のプレーヤーとしての原点が垣間見えた。

間違いなく類い希な才能を持つ選手であるが、その才能が発揮されるためのエネルギー、そして大舞台で見せる恐るべき勝利への執念は、彼自身が持つ苦い記憶を呼び起こすことで作られているのではないか。

 

●―「水谷がすごい練習をしている」という話はあまり聞こえてこないけど。君の身体は練習しているだけで筋肉がつくのかな。

水谷 結構トレーニングはやっています。人一倍やっています。打球(練習)はあまりしてないけど。人前でやるのは嫌ですから。昔から練習しないというイメージを作られていて、そう思われているからそれを壊したくない。

 

●―あえて、自分は練習しなくても勝っちゃうよ、というのを見せているということ?

水谷 そうです。そう思っていいですよ。努力しているところは見せたくない。

 

●―自分のスタイル、美学みたいなものがあるんだろうね。

水谷 正直言って、まわりが思っている以上に、卓球に人生を賭けています。卓球のためなら自分がどうなろうと構わない。

 

●―水谷君が一生懸命やることで、若手がそれを見て、自分も頑張ろうと思うかもしれない。

水谷 今の自分の精神状態とか、やってきたことを教えてもいいと思うけど、それは本当につらいし、卓球をやめたくなって投げ出したくなるような苦悩の日々しかない。(若い選手は)それに耐えきれないと思うし、そういう思いをしてまで強くなってほしくない。それはぼくだけでいい。ぼくは他人に言えないくらいにつらいこともしているから。自分の気持ちは結局は自分しかわからないし、自分の中だけにしまっておくほうが好きです。

 

●―何でそんなしんどいのに卓球を続けるんだろう。

水谷 ぼくを応援してくれる人がいるからです。家族とファンがいるから卓球をやっている。家族が卓球をやめなさいと言ったらやめますよ。自分のためだけにこんなにつらい思いをしてやろうとは思わない。応援してくれる人がいるから乗り切れる。人にはあまり自分の気持ちを伝えたことはないです。(自分の気持ちを)わからないのに同情してほしくもないし。一生誰にも言わないでしまっておくことはあります。

 

●―まわりからしたら、ここまで順調に強くなったと思っている。

水谷 そう思ってもらっていいです。

 

●―今は優勝してハッピーな気持ちだと思うけど、やはり日本のエースとしての重圧があるんだろうね。

水谷 世界選手権前と全日本前はやばいです。本当に。結果がすべてだから。

 

●―明大の高山監督というのはどういう存在?

水谷 監督のことはすごい信頼しているし、監督もぼくを信頼してくれていると思う。私生活ではよく一緒に遊びに行きます。コーチとか監督は立場的にも嫌われる職業というイメージがある。ヨーロッパは選手とコーチが対等だし、ぼくの中でもそれが理想だった。今までは伝えたいことも伝えられなかったし、問題を自分自身が抱え込んだりした。高山監督は選手と同じ視線で考えてくれるし、選手のことを一番に考えてくれる。

全日本の1週間前くらいに練習をしていて、ぼく自身、体力的にも精神的にも疲れている日があって、集中できなかった。その時に、監督に部屋に呼ばれて、「どうした?」と聞かれて、ぼくもいろいろ言って、「そうか、わかった。きょうは休んで、次から頑張れよ」と言ってもらって気が楽になった。

もちろん明治大やスヴェンソンの人たちにも感謝したいですね。

 

●―高圧的に言われるのは嫌なタイプでしょ。

水谷 はい。卓球のことでいろいろ言われたくはないです。卓球のことは自分が誰よりも一番知っていると思うし、知っているからこそここまで来たわけだから、卓球のことをいろいろ言われたくないというプライドはあります。学校のことや食べ物のことで言われるのは納得できるけど。

 

●―今まで卓球のことで影響を受けた人はいる?

水谷 いないですね。ただ自分の卓球スタイルは家族のせいでこうなりました。初めて言うけど、ぼくのプレースタイルは才能があるとかセンスがあるとか言われるじゃないですか。でも小学校2年生くらいまではふつうだった。3年生か4年生くらいにヤマハクラブ(静岡)で練習している時に、練習が嫌で嫌でしょうがなかった。どうやって逃れようか毎日考えてました。今は両親は仏みたいだけど、当時はすごかった。最悪な日々が続いていた時に、この日々を何とか変えようと思って、練習していて、ロビングが楽しいことに気づいた。そこからロビングを使うようになって、ロビングやラリーが続くと楽しいから、意識的にラリー主体のプレースタイルを目指していった。そのあと、だんだん卓球がおもしろくなってきた。

 

●―チャンピオンでいることの良い部分とは何だろう。当然、頂点に立つ者の誇りはあると思うけど。

水谷 プライドはあります。全日本のあとに講習会があって、「全日本4連覇の水谷選手です」とアナウンスされた時はうれしかった。一番ってすばらしいです。

 

●―1番と2番の違いって何だろう。ずっと2番のまま終わる人もいるけど。

水谷 ぼくが全日本の決勝に4回行って4回勝った要因は、(05年)世界ジュニアの決勝で負けたからです。

 

●―あの試合は見ていた。ドイツのバウムに決勝で負けた試合。試合後、悔しくて立ち上がれなかった君の姿をよく覚えている。

水谷 世界ジュニアの決勝で、すごい逆転負けをして、それが頭から離れなかった。あんなチャンスだったのに。今も、全日本の決勝前に、毎回あの時のことを思い出します。決勝まで行って負けたらどんなに悔しいのか。あの世界ジュニアで負けた日は悔しくて眠れなかった。2日間くらい眠れなかった。決勝で強い理由はそれです。あれがあったから決勝で強い。試合前にあれを思い出すとすごい集中できるんです。

 (昨年8月の)韓国オープンの決勝でもものすごく思いました。1位か2位かというのは、人生の勝ち組と負け組くらいの差がある。これからも決勝に行ったら強いと思いますよ。

 

●―全日本前には世界ランクで10位になっている。

水谷 実力で入っていたら違うけど、今回はボーナスポイントで入っただけで、次には落ちる。レイティングポイントで、実力でトップ10に入りたい。そうしたら素直に喜びたい。

 

●―5月にはモスクワでの世界団体選手権が控えている。日本のエースとしてはどうだろう。

水谷 日本男子は今ちょっと焦りすぎていますね。打倒中国で来ていて全体のレベルも上がっているけど、2年前までは香港にも勝てないし、オーストリアにも勝てなかった。中国は積み上げてきて現在世界の頂点にいるけど、日本が急に(打倒中国を)思っても勝てるわけはない。他にも倒さなければいけない国はたくさんある。ドーハ(04年)とかブレーメン(06年)に比べれば、徐々に差は縮まっているけど、今度のモスクワでも中国とはまだすごい差がある。今は地道にやっていくしかない。

中国の次は日本だと示すのがモスクワだと思う。

 「モスクワで絶対優勝しろよ」とすごいまわりから言われるけど、(言われると)気持ちがシュンとしてしまう。自分としてはやると決めたら本当にやりたいんですよ。でも現時点では現実は難しいじゃないですか。徐々に力をつけて絶対中国を倒すようになりたい。中国とは何回も戦ってきてその強さを知っているし、今のやり方では間違いなくまだまだ足りない。日本のやり方を変えなきゃいけない。技術も戦術もすべてが足りない。ただ、ところどころでは中国にも勝っているし、絶対越えられないわけじゃない。今は日々の練習を重ねながらさらに成長していきたい。

 

中学生の時にドイツに旅立ち、ブンデスリーガでもまれ、全日本では若くして4連覇という偉業を達成した水谷隼。彼はすでに自分なりの流儀と卓球哲学を持っている。

 「水谷隼という生き方」を20歳にして確立し、それを示すことができる恐ろしさ。大舞台でのぶれない戦い方と精神力は、チャンピオンの資質でもあるが、その自信は奢りではなく、彼の王者としてのプライドと見るべきだ。

水谷隼はどこに向かうのか、誰も予測できない。彼が言うように、彼の歩む道をほかの才能ある若手はなぞりながら追いかけている。しかし、どこに行くのかは誰もわからない。ただ彼が残した轍を探していくことしか我々にはできないのだ。

(文中敬称略) ■

 

 

中国とはまだすごい差がある。今は地道にやっていくしかない。

中国の次は日本だと示す

のがモスクワだと思う。

 

水谷隼 ● みずたに・じゅん

1989年6月9日生まれ、静岡県出身。全日本選手権バンビ・カブ・ホープスでそれぞれ優勝、ジュニアで男子史上初の3回優勝。一般では17歳7カ月で優勝し、史上最年少優勝の記録をうち立て、今年4連覇を達成。世界選手権横浜大会では男子ダブルスで銅メダル獲得。ドイツ・ブンデスリーガ1部の『デュッセルドルフ』、中国超級リーグでもプレーした。青森山田高卒、明治大に在学。スヴェンソン所属(当時)。世界ランク10位(2010年1月現在)

関連する記事