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インタビュー

【後編】「感情に従って生きるのが一番」 吉田光希が欧州で戦い続ける理由

 国際大会での実績がない「無名の日本選手」として26歳でヨーロッパに渡った吉田光希。無給でのスタートから11シーズンにわたり、欧州各国のリーグでプレーを続けている。世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、今シーズンもドイツで生活しながらシーズンを戦った。吉田が語ってくれた欧州での日々、プレーを続ける理由、プロとしての価値観を前編・後編の2回にわたってお届けする。(前編はこちら

〈文・浅野敬純〉

 

●「世界が変わった」ドイツでの“師匠”との出会い

 吉田はヨーロッパで最初にプレーしたクロアチアで3シーズン目まで暮らしていたが、4シーズン目からは移籍にともないドイツへと移り住む。そこから現在までドイツで生活しており、ドイツ以外の国のリーグでプレーした際は、練習はドイツで行い、試合の時にチームに合流してゲームに出場していた。

 ドイツで生活する中で、吉田は卓球のさらなる奥深さを教えてくれる“師匠”と出会った。その人物とは、吉田とともにベーブリンゲンでプレーするチャンホン・ゴッチェ(中国名:何千紅)。中国からドイツへ帰化し、シドニー五輪では女子シングルスでベスト8まで進んだカットマンだ。現在52歳のゴッチェだが、今もバリバリの現役プレーヤー。49歳のシーズンにはブンデスリーガ1部で個人成績1位に輝くなど、ベーブリンゲンの中心選手としてプレーしている。

 「ホンギ(ゴッチェの愛称)は本当にスゴいですね。あの年齢で今も普通に1部で勝つって、おかしいじゃないですか。この前もペティ(ペトリサ・ゾルヤ/ドイツ)に勝ってました。

 知り合ったのは彼女が40代後半の頃だったけど、初めて練習した時に『あ、この人は違う』って感じました。ホンギの卓球には、勝つための秘訣というか、理由が絶対にあるはずなんです。それを彼女に聞いて、聞いて、聞きまくってます。そんな話を聞ける機会、滅多にないですからね」

 

 そこまでゴッチェに惹き付けられたのには、吉田の卓球に対するスタンスも関係している。吉田が結果以上に求めるのは「卓球を知る」こと。ゴッチェと出会ったことで、卓球に対する熱量はさらに増した。

 「私はもともと『強くなりたい』、『勝ちたい』って気持ちはそんなに強くなくて、『卓球を深く知りたい』、『上手くなりたい』っていうモチベーションのほうが大きい。卓球は奥が深いし、知れば知るほど面白く感じるんです。そのうえでもホンギと出会ったことは大きかったし、世界が変わりました」

ドイツ代表時代の「ホンギ」ことチャンホン・ゴッチェ

 

●「ホンギ」は現役ブンデスリーガーであり、市議会議員のスーパーウーマン

 ゴッチェが教えてくれる「勝つための秘訣」は意外にもシンプルなものだと言う。しかし、それは彼女に聞かなければ気づけないような、珠玉の数々。それでいてトップ選手からホビープレーヤーまで、レベルを問わず上達につながるものだという。その中身については残念ながら教えてもらえなかったが、ヨーロッパに来たからこそ、卓球の真髄に触れるチャンスを得ることができた。

 「お互いに母国語で会話しているわけではないので、微妙なニュアンスを引き出せなかったり、理解するのに時間はかかります。でも、少しずつステップアップしているかな。ホンギの話を聞いて、卓球の考え方とか技術に対する見方がまったく変わりました。自分が学生だった頃はコーチに教えられたけど、理解できてないこともあった。それがホンギの話を聞いてからは、パズルがはまっていくみたいに理解できるようになったんです。ヨーロッパでそれを得ることができたので、なおさら楽しいですよね」

 

 ちなみに「ホンギ」ことゴッチェ、ブンデスリーガ1部で活躍を続けるのも驚きだが、さらに驚くのは現ドイツ首相のアンゲラ・メルケルと同じCDU(ドイツキリスト教民主同盟)に所属する市議会議員であるということ。現役のブンデスリーガーでありながら、政治の世界でも活躍するゴッチェを「スーパーウーマン」だと吉田はリスペクトする。

 「(ゴッチェは)この前も、メルケルさんと会って写真を撮ってました。卓球で勝負するために中国からリュックひとつと20ユーロだけ持ってドイツに来たって言ってましたけど、それが今では政治家ですからね。ヨーロッパの社会でアジア出身者が政治の世界にいるだけでもスゴいのに、卓球も強いんだから、ただただ尊敬するだけです」

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