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[アーカイブ]梁英子 割れてもなお 手放せなかった 唯一無二のグリップ

<卓球王国別冊「卓球グッズ2015」より>

Goods Story

グッズストーリー  知られざる用具秘話

梁英子のラケット

梁英子

Yang Young Ja
●元韓国代表/世界選手権複優勝・五輪複優勝
文=渡辺友  写真=高橋和幸

割れてもなお

手放せなかった

唯一無二のグリップ

1980年代、中国という高い壁に挑み続け、そして女子ダブルスでは2度、世界の頂点に立った韓国女子卓球界のレジェンド、梁英子。豪快なフォアハンドドライブと正確なバックショートが特長の右ペンホルダードライブ型で、83年の世界選手権の女子シングルスでは初出場ながら決勝進出を果たすなど、大舞台での集中力、勝負強さにも光るものがあった。そんな彼女の手に握られていたのは、日本で生まれた桧単板の角型ペンホルダー。手に吸い付くようなグリップが梁英子を魅了した一本だった。
今年(2015年)2月、横浜で行われた日韓親善卓球大会のために来日していた梁英子のもとを訪れた。現役時代は鋭い眼光で相手を見据えた梁英子だったが、現在の彼女は元世界チャンピオンとは思えない物腰の柔らかい女性で、慌ただしい中での取材にも関わらず、終始笑顔で答えてくれた。
写真のラケットは、86年アジア競技大会女子団体優勝、87年世界選手権女子ダブルス優勝という、歓喜の瞬間をともにした梁英子にとって最も思い出深い「相棒」である。しかし、使い始めた経緯を聞いたところ、「いつ手に入れたかは、はっきり覚えていません。ラケットの名前も忘れてしまいました。TSPのラケットですが……」と少し申し訳なさそうな表情を見せた。
当時をよく知るヤマト卓球の小林茂仁によれば、ラケットの名前は『大和S』。高級木曽桧を使用した9㎜厚の単板で、ペンドライブ型全盛の時代に絶大なる人気を誇り、今なおTSPの桧単板ラケットの王道として多くの愛好家に愛されている。84年頃に小林が韓国チームの関係者を通じ、梁英子に『大和S』を勧め、それ以降、彼女はこのラケットを使うようになった。
自らのラケットの魅力について梁英子は「握る感触が一番良かった」と語る。「私はグリップ、握った時の感触を一番大切にしていました。自分でラケットを削り、手に合うようにして、その中でもこのラケットの感触が最も良かった」。弾み、打球感、重量など、選手によってこだわるポイントは違ってくる。その中で梁英子が重視したのは、握った時に手に伝わる感触だった。「このラケットは一度割れているのです。でも、この感触に慣れていて、手放すことができず、修理をして使い続けました」。修理して打球感が変わるリスクを冒してでも、グリップが変わることを拒んだのだ。
最も信頼がおけるラケットを使用し、ラケットもその期待に応えるかのように87年に彼女を世界のトップに導いた。
そして、88年のオリンピックも……と話が進むのかと思いきや、ソウル五輪時は違うラケットを使用しての女子ダブルス優勝だったという。87年の世界選手権優勝後に、再びラケットが割れてしまい、さすがに2度目の修復はできなかった。泣く泣くラケットを変えることになってしまったのだ。同じ『大和S』のラケットで打球感が近いものを探し、グリップも理想の感触に近づけた。そして、地元で行われた五輪で、見事金メダルを獲得した。
世界選手権優勝のラケットと五輪優勝のラケット、どちらのほうが思いが深いですか、という質問に対し、少し間を置いて「優勝した回数が多いので、こちらの(世界選手権時の)ラケットのほうが思い出深いですね」と梁英子。
現在、このラケットは韓国のエクシオンの社内に保管されている。取材時、手元に実物はなく、写真を見ながらその思い出を語ってくれた彼女は、写真をじっと見つめながら「今、見ていたら、久々に握りたくなりましたね」と微笑んだ。
敬虔なクリスチャンでもある梁英子。トップアスリートとしての道は決して平坦ではなく、多くの困難が彼女を苦しめた。しかし、彼女は神を信じ、そして右の手の平におさまる「戦友」を信じ、数々の栄光を勝ち取ってきたのだ。     (文中敬称略)

1987年世界選手権ニューデリー大会では決勝に進んだ梁英子PROFILE ▶ ヤン・ヨンジャ

 

2015年2月の日韓親善大会に来日した梁英子さん

ヤン・ヨンジャ 1964年7月6日生まれ。83年世界選手権東京大会では初出場ながら女子シングルスで準優勝という成績を残した。その後、体調不良で低迷したが、87年ニューデリー大会では、女子シングルスで2度目の準優勝、玄静和と組んだ女子ダブルスで初の世界タイトルを獲得。そして、88年ソウル五輪でも女子ダブルスで金メダルに輝いた

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