卓球王国 2021年6月21日 発売 vol.291
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真説 卓球おもしろ物語(伊藤条太)「卓球誕生」Part.3

『マンガで読む卓球ものがたり』の原作者で卓球コラムニストの伊藤条太氏が、マンガには細かすぎて!? 入れられない卓球の歴史に隠されたおもしろ物語とその背景を紹介する、卓球王国本誌での連載。その初回(卓球王国2020年7月号掲載)を数回にわたり全文掲載する企画のPart.3(Part.1はこちらPart.2はこちら)。テーマは「卓球誕生」。卓球歴史マニアがとことん突き詰めて判明してきた、卓球誕生の真実を説く。

 

テニスパーティーの大流行から生まれた卓球

イギリスの天気は変わりやすい。一日中晴れる日はないし、一日中雨の日もない。照っていたかと思えば降り、降っていたかと思えば止むといった調子だから、テニスパーティーを中断して雨が止むのを待つことが度々あったはずだ。夜にテニスを楽しみたい人もいただろう。そのため人々は住宅の室内でテニスの真似事をしたのに違いない。実際この時期、居間でテニスをするための商品も発売されている。もともと球戯館という室内のスポーツだったテニスが、屋外に出てローンテニスとなり、今度は球戯館ではなく住宅の室内に戻ってきたわけだ。海から陸地に上がった両生類が哺乳類となって再び海に戻ってクジラになったことを思わせる変遷だ。

ここまでくれば、卓球が誕生するのは時間の問題だった。住居には必ずテーブルがあるからだ。卓球は、テニスパーティーの大流行から生まれたのだ。

しかし、いつ誰が最初に卓球をしたかの記録はない。卓球に関する最も古い記録は、アランが見つけた、テニスの大流行からちょうど10年後の1883年に「ラルフ・スラセンジャー・モス」というスポーツ用品業者が出したテニス用ネットの特許だ。その中に「これは屋外テニス用のネットだが、室内の床や、食卓やビリヤード台の上でテニスをするのにも使える」と書いてある。ただし、この特許はあくまでもネットと取り付け具の発明であって、卓球の発明ではない。当時、新しいスポーツを発明してひと儲けを狙うことが流行していたにもかかわらず、卓球を発明したと書いていないことから、このときすでに人々の間で卓球のようなことが行われていたものと考えられている。

なお、初代国際卓球連盟会長のアイヴァー・モンタギューは、その著書『テーブルテニス』(1936年)で、卓球はローンテニスから生まれたのではなく、ローンテニスと同時に球戯館のテニスから生まれた、つまり卓球はローンテニスの子どもではなく兄弟だと書いているが、その根拠は書いていない。卓球がテニスの子分のように扱われるのが嫌だという気持ちは私にも痛いほどわかるが、残念ながらその可能性は低いと言わざるを得ない。球戯館のテニスからテーブルを使う発想が出てくることは考えにくいし、時期的にも、ローンテニスの大流行より前には、卓球に関するものは、手紙や日記を含めていかなる証拠も見つかっていない。新たな証拠が出てこない限り、やはり卓球はローンテニスから生まれたと考えるしかないだろう。

 

世界で最初の卓球セット。しかしまったく売れず

世界で最初に発売された卓球セットは、1890年にイギリスのデビッド・フォスターが出した「パーラー・テーブル・ゲームズ」だ。セッティングを変えるとテニス、クリケット、サッカーの3つの球技をテーブルの上でできるというもので(だからゲームズと複数形になっている)、特許も出されている。表面が綿のボールをガットを張ったラケットで打つもので、これで卓球をするのはかなり難しそうだ。卓球はマシなほうで、クリケットやサッカーをやる場合には、みんなしてバットや足の形をしたスティックでボールを打ち合うという、絶望的に面白くなさそうなゲームだ。

1890年発売の『パーラー・テーブル・ゲームズ』

案の定、ほとんど売れなかったらしく、1986年にジェラルド・ガーニー(チャックの親分筋にあたるコレクターで、誰あろう「テーブルテニス・コレクター」の初代編集人だ)が現物を見つけるまでは特許だけが見つかっていた幻の製品だった。しかしその1台が見つかったきり広告も見つからなかったため、これは試作品で、生産はしなかったのではないかと考えられていた。ところが、2014年にチャックが2台目を発見したことから、今では世界で最初に商品として売られた卓球セットだろうということになっている。スティーブがケンブリッジ大学の図書館から説明書を見つけたのはこの製品のものだ。

フォスターは特許を出した当時、セルビーという小さな町に住んでいたのだが、その功績を知ったセルビーの市民団体は、フォスターの特許の受理からちょうど125年後の2015年7月15日、現存するフォスターの当時の住居に「デビッド・フォスターがここで世界で最初の卓球用品を発明した」と刻んだプレートを掲げて気勢を上げた。フォスターは、今や人口わずか1万5千人のこの町の偉人だ。いい話だ。

「世界で最初の卓球用品を発明した」として、セルビーの市民団体がフォスターの功績を讃えたことを紹介した記事(『テーブルテニス・コレクター』77号より引用)

翌1891年、後の卓球ブームに直接的につながる極めて重要な商品が発売された。ロンドンの老舗玩具メーカーのジェイクス・アンド・サン社が発売した「ゴシマ」だ。ジェイクス・アンド・サン社は18世紀から続く老舗の娯楽・スポーツ用品メーカーで、19世紀に入ってからはクロッケーを世界中に普及させた他、現在のチェスの駒の形「スタントンスタイル」を世界的スタンダードにまで広めるなど大成功を収めた会社で、現在もジェイクス・ロンドンとして続いている。

左:1891年発売「ゴシマ」、右:バドミントンの前身「バトルドア・アンド・シャトルコック」

ゴシマのラケットは木枠に太鼓のように羊の皮を張ったいわゆるバンジョー形と言われるものだったが、これは、すでに発売されていたバドミントンの前身の遊戯「バトルドア・アンド・シャトルコック」から流用したものだ。ボールは、ゴムの表面を網で覆ったもので、弾みは良くなかった。ゴシマ(Gossima)とは奇妙な名前だが、「クモの巣」「軽く繊細なもの」などを意味する英語gossamerを変形させたものであろうことが、製品の箱にクモの巣が描いてあることからわかる。

なお、インターネットを見ると「卓球の起源はインドのゴッシマテニス」という説を紹介しているサイトがいくつがあるが、超実証的な「テーブルテニス・コレクター」には、その証拠はおろか、話さえまったく出てこない。英語でネット検索をしてもそれらしい説は見つからないし、アランに聞いてもそんな証拠はないと言われた。誰かがゴシマを誤解して日本でだけ広まった説だと思われる。

ゴシマも1980年代後半にジェラルドが現物を発見するまでは、登録商標だけが見つかっていた幻の商品だった。やはり売れず、生産量が極めて少なかったものと思われる。

このように、19世紀末に相次いで世に出された「パーラー・テーブル・ゲームズ」「ゴシマ」はともにまったく売れず、卓球はこの当時考え出されては消えていった数あるニュー・スポーツのひとつに終わるはずだった。しかし、ひとりの男が歴史を変えることになる。

●ジェラルド・ガーニー、チャック・ホイ、アラン・デューク、スティーブ・グラントの素晴らしい研究に敬意を表します。

Part.1はこちらPart.2はこちら/続きは卓球王国2020年8月号以降で連載/文中敬称略

●参考文献:スポーツ学選書「テニスとドレス」稲垣正浩・編著(叢文社)、「Table Tennis Collector」ITTF

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伊藤条太「奇天烈 逆も〜ブログ」