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真説 卓球おもしろ物語(伊藤条太)「卓球誕生」Part.2

『マンガで読む卓球ものがたり』の原作者で卓球コラムニストの伊藤条太氏が、マンガには細かすぎて!? 入れられない卓球の歴史に隠されたおもしろ物語とその背景を紹介する、卓球王国本誌での連載。その初回(卓球王国2020年7月号掲載)を数回にわたり全文掲載する企画のPart.2(Part.1はこちら)。テーマは「卓球誕生」。卓球歴史マニアがとことん突き詰めて判明してきた、卓球誕生の真実を説く。

 

「ジュ・ド・ポーム」に始まり、ミックスダブルスで花開いたローンテニス

11世紀末のフランスの修道院で「ジュ・ド・ポーム(jeudepaume)」という遊戯が生まれた。ジュ・ド・ポームとは英語で言えばゲーム・オブ・パーム、つまり「手のひらのゲーム」だ。皮袋に毛や布を詰めたボールを手のひらで打つ遊びだった。

16世紀、ヘンリー8世が「ジュ・ド・ポーム」を楽しむ様子(1883年作)

16世紀中頃にはガットを張ったラケットが使われるようになり、そのうち「テニス」と呼ばれるようになった。「テニス」はフランス語の「トゥネー(tenez)」(はい、どうぞ)が語源だという説が有力だが、他にもいくつもの説があり、はっきりしたことはわかっていない。18世紀にはヨーロッパ中に広まったが、この頃のテニスは現代のテニスとはかなり違うもので、「球戯館」と呼ばれる専用の建物を使い、四方の壁への反射も使う現代のスカッシュとテニスを合わせたようなもので、貴族などの上流階級の人々だけのものだった。

19世紀になると、産業革命によって急速に豊かになった中産階級と呼ばれる実業家や知的職業の人々が娯楽を求めるようになる。そんな中、1873年にウォルター・クロプトン・ウィングフィールドという人が、屋外に設置できるネットと、芝生でも弾むゴムボールをセットにしたものを「ローン(芝生)テニス」として発売した。芝生さえあればどこでもテニスの真似ができるというわけだ。これが瞬く間に大ブームとなった。

ブームになった鍵は、意外にもミックスダブルスだったという。当時、未婚の男女の出会いの場は限られていた。ダンスやクロッケー(ゲートボールの元になったスポーツ)など集団で楽しむ娯楽はあったが、男女が1対1でペアになって楽しむものはなかった。そこでウィングフィールドは、このゲームをミックスダブルスでやるものとして売ったのだ。ここに人々が飛びついたというわけだ。歴史は往々にしてこういう原理で動く。

そのブームは大変なもので、広い庭を持つ人々の家庭で毎週のようにテニスパーティーが催された。家族ぐるみのパーティーだったので、女の子はお茶やケーキを出し、男の子は植木や茂みに転がったボールを拾う役割を担った。これがボールボーイの始まりだ。今では卓球にもボールボーイやボールガールがいるが、もともとはテニスだけの習慣だった。大人の国際大会で子どもがボールを拾うという、考えて見れば異常な習慣は、家庭でのテニスパーティーに由来していたのだ。

1877年には早くもウィンブルドン大会の第1回が開催された。あるテニスクラブが、コート整備をするローラーの修理代を捻出するための苦肉の策として、賞金を出して選手を集め、観客から入場料をとることを考えたのだ。これが予想以上に儲かったことから、テニスの大会は興行として大きく発展していくことになる。卓球とは対照的に、テニスの大会はその始まりから興行だったのだ。

ローンテニスは、早くもウィンブルドン大会の翌年には日本に伝わっている。これを「庭球」と命名したのは教育学者・中馬庚だが、イギリスの家庭でのテニスパーティーを知って命名したのか、あるいは単に芝生(ローン)から連想したのかは定かではない。

 

ローンテニスに名前を奪われた「本当のテニス」

ローンテニスは数年のうちに単にテニスと呼ばれるようになった。ローンテニスに名前を奪われてしまった本来のテニスは、区別するために「リアル(本当の)テニス」と呼ばれるようになった。このリアルテニスは実は今も行われており、YouTubeで世界選手権の動画を見ることができる。ただし、球戯館が世界に40ほどしか残っていないため選手は少なく、日本には選手も競技団体も存在しない。そのためテレビで紹介されることもなく、リアルテニスという言葉を聞いたことがある人はほとんどいないだろう。

なお、リアルテニスの選手たちは、今でも自分たちの競技をテニスと呼び、世間でテニスと言われているものをローンテニスと呼ぶのだという。国際リアルテニス協会(IRTPA)のウェブサイトにそう書いてあるのだ。誇り高いと言おうか頑固と言おうか、なんとも一筋縄ではいかない人たちなのだ。

誇り高いと言えば、テニスのウィンブルドン大会を主催しているクラブの正式名称は、今も大会創設時と同じ「オール・イングランド・ローンテニス・アンド・クロッケー・クラブ」という。元々クロッケーのクラブだったために名前にクロッケーが入っているが、クロッケーなどとっくにやっていないし、ローンテニスの意味がわかる人も少ない。日本人ならさっさと名前を変えているところだが、このクラブは140年間、頑として変えていないのだ。ここに、イギリス人の歴史というものに対する考え方が表れている。

(文中敬称略)

続きはこちら→Part.3Part.1はこちら

 

●参考文献:スポーツ学選書「テニスとドレス」稲垣正浩・編著(叢文社)、「Table Tennis Collector」ITTF

マンガで読む 卓球ものがたり 1巻 2巻

伊藤条太「奇天烈 逆も〜ブログ」

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