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今野の眼

欧州の卓球システムを無視したWTTは成功するのか!?

ITTF(国際卓球連盟)はWTT(ワールド・テーブルテニス)を2021年3月3日から13日まで中東ハブとして開催する予定だ。

以前書いたコラムで、ドイツ卓球協会が世界中の協会にレターを送り、シンガポールにいるITTFのステファン・デイントンCEOを名指しで批判し、WTTのやり方に一石を投じている。その後、フランス卓球協会もドイツ協会に賛同の意を表明している。

WTTの組織や内容の決定のプロセスもさることながら、ヨーロッパの協会が反対するのにはわけがある。

第二次世界大戦後、ヨーロッパでは学校スポーツではなく、クラブスポーツが一気に形成されていった。日本のように教育の一環として放課後に行う「学校スポーツ」ではなく、地域でさまざまなスポーツに親しむ「クラブスポーツ」がヨーロッパではスポーツの中心になっている。

町や市にさまざまなスポーツの同好の志が集まり、老若男女がスポーツを楽しむ。大きなクラブになれば、卓球だけでなく、サッカーやバスケットボールなどの複数の競技をクラブ員が共有の施設でスポーツを楽しむ。これがいわゆる「地域総合型クラブスポーツ」だ。

オーナー個人が所有するチームではなく、あくまでもクラブ員によって構成され、地元の会社などがスポンサーとしてチームを支える形だ。

つまり70年以上の歴史を持つクラブチームは珍しくなく、スウェーデンの『ファルケンベリBTK』に至っては、1925年、つまり第1回世界選手権大会の開催の前の年に創設され、96年もの長きに渡って続いているクラブもある。

 

12月のWTTマカオ

ヨーロッパでは「おらが町」にクラブチームを作り、強い選手を招いて、チーム力の増強を図り、国内のトップを目指すのが当たり前なのだ。

ところが、ITTF内に創設されるWTTでは、グランドスマッシュ(4大会)、WTTカップ ファイナル、それに続くWTTシリーズが行われていくと、ヨーロッパのトップ選手は国内リーグへの参戦が難しくなる。

WTTのディレクターには前述のデイントン氏を含めた2人のオーストラリア人が名前を連ねる。ブンデスリーガやフランスリーグなどのようなヨーロッパのクラブチームの歴史や仕組みを知らない二人のオーストラリア人は「卓球のメジャー化を目指し、卓球をグローバルスポーツにしていく」というビジョンを打ち出したものの、どうもヨーロッパの事情をあまり理解していなかったようだ。

それに対し、ヨーロッパの各国はブンデスリーガやフランスリーグのようなクラブシステムがほとんどなので、特にドイツからすれば、WTTでトップ選手がそちらに軸足を移すことによって、国内のプロリーグが成り立たなくなることを危惧している。

しかも、ヨーロッパ選手は、プロ選手としての生活の基盤はクラブ・チームとの年俸契約だ。従来のワールドツアーや今回のWTTの賞金だけで生活するのは難しい。かつ、中国選手がフル参加してきたら、選手が稼げる収入もグッと減るだろう。

ITTFのトーマス・バイカート会長もドイツの地域リーグ(以前は8部リーグだったが、現在何部かは不明)に参加する現役選手だ。今回のドイツ卓球協会の抗議に関して、ドイツ協会は「シンガポールのスタッフがITTF会長の意図と助言に反して行動し、行動しているようだ」と全協会あてのレターに書いている。これを読み解くと、ドイツリーグを楽しんでいる現役のITTF会長は、WTTに対しては冷ややかな態度をとっているようだ。

ドイツ協会は、テニスの組織を意識したWTTによって五輪や世界選手権の価値が低下することも指摘している。またヨーロッパだけでなく、WTTによって過密になるであろうスケジュールは日本のTリーグにも大きな影響を与えるだろう。

ゼロからWTTをスタートさせるのならば卓球の将来にとってはこれほど心強いイベントはない。しかし、図らずもこのプロツアーは、70年以上の歴史を持つヨーロッパの卓球界の組織へ、挑戦状を叩きつけてしまった。

ITTFの内紛のきっかけになるのか。それとも素晴らしいプロ興行として発展していくのか。今しばらく様子を見るしかない。

(卓球王国発行人・今野昇)

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