東京富士大。オールドファンにとっては「フジタン(富士短)」と言ったほうが馴染みがある。世界代表を17名、アジアチャンピオン(枝野とみえ)と全日本チャンピオンを3名(小野智恵子・長洞久美子・神田絵美子)を輩出した、日本女子卓球界屈指の名門大学チームだ。
関東学生秋季リーグの1部・2部の入れ替え戦。この日、10月7日。3時間を越える激戦を奇跡的な勝利で終えた東京富士大は、これが最後の団体戦だった。
会場となった埼玉県の新座市民体育館の一角だけが異常なほどに熱を帯びていた。1部リーグ7位だった東京富士大は2部リーグ2位の青山学院大と対戦。東京富士は主将の泉田朱音(進徳女子高)が勝利するも、青学の小林りんご(桜丘高)が単複で勝ち、先に勝利に王手をかけたのは青学だった。
しかし、そこから、5番・森田真綾(鳥取敬愛高)、6番・原田優芽(桜の聖母学院高)が連勝。ラストの上野彩香梨(富田高)は富田高の先輩で、インターハイベスト4の庄易(富田高)を破って、勝利した。東京富士らしい泥臭くも懸命に戦う選手たちがコート上で叫ぶ。魂を揺さぶられるような3時間15分の戦いだった。
2台進行となったベンチで、ひとり離れてラストの上野の試合にエールを送っていた西村卓二。全日本監督としてオリンピックや世界選手権、アジア大会を経験してきた名指導者だ。何度も修羅場をくぐってきた男が、ラストの上野の試合を見つめながら、小さなタオルで何度も顔を拭くような仕草で涙をぬぐっていた。
そして、1部残留という記録を残して、東京富士大は60年のチーム戦の歴史を終えた。
「最後はウルウル来たね。アドバイスする時に涙が流れそうだったから、最後ひとりだけ離れていたよ。選手にはいつも涙を流すのは親が死んだ時だけだと言っているのに、おれが泣いちゃだめでしょ。ほんと、上野の試合を見ていたら泣けてきたよ。青学の庄さんは上野と同じ富田高校。上野が1年の時の3年生でインターハイ3位の先輩だった。上野はインターハイにも出ていない選手だけど、一生懸命練習を積んできた。おれも最後はガッツポーズが出たね。オリンピック、世界選手権とか経験してきたけど、こういう入れ替え戦でも気持ちは同じですよ」と試合後に話す西村。
リーグ戦の最終試合から3週間。どのような思いでこの日の入れ替え戦を迎えたのだろう。
「近づいてきたら緊張してドキドキしてましたよ。リーグ戦が終わってからの3週間のテーマは『1部残留で終わる』であり、目標だった。オーダーはうまくいかなかったけど、3週間みっちり練習をやった成果が出せた」(西村)。
そして、まるで優勝決定戦と見間違うように観客席には多くのOGや家族、関係者が東京富士大の台の後方に陣取り、熱い声援を送っていた。
「応援団がすごかったね。高知、滋賀、茨城などからたくさん来てくれた。みんな『富士愛』を持ってくれている。おれに対する愛も少しはあるかな(笑)。技術の差はあっても、その子なりのベストを尽くしているのが美しい。それが学生スポーツです。育成するのはうちの持ち味だからね」と西村節も冴えていた。
試合後、数十名を超す大応援団に向けて「今まで多くの試合があったけど、監督として今日の入れ替え戦が一番感慨深い試合でした。今日は本当にありがとうございました。最後の最後で素晴らしい試合ができました」と報告。体育館前でOGを含めてみんなが歌う校歌を聞きながら涙を流す西村卓二監督。そして、直後にその体は小さく宙を舞った。
東京富士大の団体戦は今日の入れ替え戦が最後となった。そして、来年3月31日に卓球部は活動を終える。「あと半年で指導の真髄を見極めなければいけない。選手を預かっている限り、人間だからさ、日に日に選手も変わるからね」と言いながら、昭和・平成・令和を生き抜いた卓球指導者、西村卓二はその覇気を失っていない。
「Z世代を教えるにはオレは古いよ」と75歳の西村は言う。ショートカットの6人の東京富士ガールズは、最高の笑顔を見せながらも、監督の言葉に耳を傾け、まっすぐ前を向いていた。まだ西村には勇将としてのオーラがあり、選手たちが卓球と取り組む姿勢は昔と変わらないようにように見えた。
彼女たちはみな「東京富士大の練習は厳しい」というのを知りながら、練習をしたくて、卓球と向き合いたくて、西村に教わりたくて入学してきた選手たちなのだ。
そのピュアな選手たちと西村卓二が向き合うのはあと半年。消えていく名門卓球部、しかし消えない栄光。そして、指導者と選手の間に存在する情熱の灯もまだ消えていない。 (今野)
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