卓球王国 2022年6月21日 発売 vol.303
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【5月5日卓球競技開幕】36歳でつかんだ初のデフリンピック。あきらめの悪い男の卓球観

●スタッフから、世界への挑戦。2年連続の日本一で代表をつかむ

 ろうあ者卓球との関わりを深めていった井藤のもとに、日本ろうあ者卓球協会から、強化部スタッフとして日本代表選手のサポートをしてくれないかというオファーが届く。井藤自身も選手として大会に出場していたが、「日本代表になる」というような考えはなく、この依頼を受けた。

 そして、強化部スタッフとして岩手・富士大での日本代表合宿に参加した際、井藤の運命を変える出来事が起きる。選手たちの昼食の買い出しに行く車中で、富士大監督の小田桐憲仁からこう言われた。「絶対に選手としてやったほうが良い」。午前中の練習で、富士大の選手がひとり空いていたため、井藤も練習することになった。それを見ていた小田桐が、スタッフではなく日本代表を目指したらどうかと勧めたのだ。

 午後の練習では小田桐が井藤に付きっきりで指導してくれた。シェークフォア表ソフトの小田桐は青森商業高時代、ペン表ソフト速攻型として世界チャンピオンに輝いた同校監督の河野満から表ソフトの極意を叩き込まれた、いわば「世界王者の弟子」。その小田桐が「表のイロハ」を井藤に伝授してくれた。

 「表は弾く・かける・ナックル、すべてが必要」、「表でも回転はしっかりかけられる」、「相手のラケット角度をどうやって狂わせるか」など、小田桐からの指導は井藤がそれまで触れたことのない、珠玉の数々だった。東京へと帰る新幹線の中、井藤はそれらをノートに書き記し、何度も頭の中でその感覚を思い返した。「挑戦してみよう」。合宿を終え、選手たちがリラックスして談笑する中、井藤だけがメラメラと燃えていた。

 日本代表を目指すと決意したものの、仕事が忙しく、平日にはほとんど練習はできない。それでも、土日になれば、各所を点々として一日中練習に明け暮れた。恵まれた練習環境とは言えない中でも、この時期を「めちゃくちゃ楽しかった」と振り返る。

 「小田桐さんをはじめ、この頃はそれまで知らなかったこと、新しいことをたくさん教えてもらった。それを自分のものにしようと必死でした」

 井藤のプレースタイルは、片面にのみラバーを貼ったペン表速攻型。トップ選手でも少数であり、お手本は少ない。そこでマスターズの大会に足を運び、坂本憲一など、年代別のペン表の名手たちから技術や戦術を学んだ。現代卓球では不利な面も多い戦型だが、だからこそ頭も使うし、おもしろい。

 「回転や球質の微妙な変化を使い分けて戦うのがペン表。どうやってスマッシュやカウンターができるボールを誘い出すかを考えて、ラリーを組み立てていくのが楽しい部分ですね」

押し引き自在のプレーはまさに「いぶし銀」

 

 2015年にはチャイニーズタイペイでアジア太平洋ろう者競技大会(アジア大会)が開催され、各種大会でアピールを続けた井藤は、強化本部推薦で初めて日本代表に選出された。団体、シングルス、ダブルス(男子・混合)に出場し、団体で銅メダルを獲得したが、4番手で選ばれた井藤の出番は予選リーグの1試合のみ。その試合で勝利したが、あとの試合はベンチでサポートに回った。個人戦3種目はすべて決勝トーナメント初戦で敗退。初の国際大会でメダルを獲得したものの実感は薄く、心からは喜べなかった。

 また、短期間で追い込んだ代償か、大会終了後はモチベーションがガクッと落ちた。アジア大会の翌年、翌々年も井藤は強化指定選手に推薦されたが「30代の自分に強化費を使うよりも若手に使ってほしい」という理由で辞退している。時が経つにつれ、井藤の中で日本代表に代わるモチベーションも生まれていた。それは「日本一」。未だ果たしていない全国大会での優勝を新たな目標に歩み始めた時期でもあった。

 

●レジェンドからの「一緒に頑張らないか」

 だが、井藤を日本代表に再び招集したいと考える人物がいた。当時、次の日本代表監督に内定していた梅村正樹だ。梅村は現役時代、デフリンピックで6度金メダルを獲得したレジェンド。自身も40歳近くまで世界で戦った梅村が「もう一度、一緒に頑張らないか」と声をかけてくれた。この言葉に井藤は揺れた。だが、年齢のこともあって即決はできなかった。

 そんな井藤の背中を押したのは、笹尾明日香(早稲田大)の母・良枝の言葉だった。元実業団選手の良枝と偶然知り合った井藤は、代表復帰への迷いを打ち明けた。「やってダメなら踏ん切りもつくけど、やらなかったら後悔する」。良枝のその言葉で心は決まった。

 決意を新たにした井藤は、2017年度の全国ろうあ者選手権で32歳にして念願の初優勝。大会前、日本代表のアドバイザーである楊玉華(日本名・大倉峰雄)が監督を務める東北福祉大で練習させてもらったことも大きかった。目標の日本一を手にし、梅村に「代表を目指したい」と伝えた。そして、この優勝で井藤はある決断をする。それは、より卓球に専念できる環境を求めての転職。勤めていた会社に不満があったわけではなく、仕事にやりがいも感じていた。ただ、日本代表を目指して卓球と向き合うには時間が足りない。

 転職活動を進める中、井藤は企業に対し、「当然、仕事には全力で取り組む。そのうえで選手としてレベルアップできる環境で業務に当たりたい」という要望を提示していた。難しい条件であることは承知していたが、その熱意を汲み、要望を認めたうえで採用してくれる企業が現れた。その企業は、中古車や医療器機など、幅広いオークションビジネスを手掛ける株式会社オークネット。井藤の入社以前に、ろうあ者フットサル日本代表の東海林直広が入社していたこともあり、ろうあ者スポーツにも理解があった。

 オークネットの井藤に対するサポートとしては、練習時間を確保できるよう就業時間への配慮、遠征費などの補助、合宿など日本代表行事への参加は業務と見なすといったもの。環境が大きく変わり、「これだけサポートしてもらって負けられない」というプレッシャーの中で挑んだ2018年度全国ろうあ者選手権。井藤は見事2連覇を達成する。わがままな要望を認め、応援してくれる今の会社、そして自分の夢を理解し、快く送り出してくれた前の会社に結果で恩返しができたことが何よりうれしかった。

 この優勝により、翌年11月に香港で行われるアジア大会の日本代表に内定。推薦で選ばれた前回大会から4年、自分の実力で代表権をつかんだ。目標としていた舞台に「全日本王者」として立てることに、気持ちを昂らせていた。

2018年度全国ろうあ者選手権で優勝。再び世界で戦うチャンスを得た

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