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【卓球競技5月5日開幕】引退から復帰、結婚に出産…まだまだ挑む4度目のデフリンピック。佐藤でも、亀澤でも、ママでもメダルへ

●2度目のデフリンピック出場と引退。自由な日々と、心に生まれたモヤモヤ

 東京富士大での鍛錬の日々を経て臨んだ2度目の2013年のデフリンピック。理穂は東京富士大を卒業し、一般企業に就職。社会人1年目での出場だったが、「この大会でひと区切り」と決めていた。

 「中学から大学まで、ずっと卓球ばかりやってきたので、今までできなかったことをしたい気持ちがあった。だから、社会人になって半年後のデフリンピックまで精一杯やって、それで引退しようと決めていました」

 卓球人生の集大成として臨んだデフリンピックで、理穂は団体で銅メダル、女子ダブルスで銀メダルを獲得。幼少期から交流を持ち、その背中を追って東京富士大に進んだ上田とのペアで獲得した女子ダブルスのメダルには格段の想いがあった。2つのメダルを手にし、理穂は一度はラケットを置いた。

 現役を引退し、本人曰く「普通のOL」となった理穂。時にはひと月に4度も旅行に出かけるなど、自由を謳歌していた。青春時代を卓球に捧げた理穂にとって、ラケットを握らず、気ままに時間を使える日々は新鮮で楽しかった。しかし「今までやりたかったこと」をすべて経験してしまうと、目標もなく過ごす日々を退屈に感じるようになる。心の中に何かモヤモヤとした気持ちが生まれ、「自分の好きなこと、やりたいことって何だろう」と考えることが多くなった。そんな時、理穂にろうあ者日本代表の合宿にトレーナーとして参加してくれないか、と声がかかる。

 卓球を再開した理穂だが、あくまで練習相手としての卓球。後輩たちの力になりたい、これまでお世話になった人たちに恩返しをしたいという気持ちで合宿に参加していた。後輩たちが国際大会などに出場すれば、結果はチェックしていたし、国内で大会があれば、スタッフとして手伝いにも駆けつけた。ただ、そうして再び卓球に関わっていくうちに、心のモヤモヤはどんどん大きくなり、ついに爆発した。

 「もう一回、デフリンピックに出たい」

 モヤモヤの正体は、勝負の世界への渇望だった。

 

●電撃復帰、そして結婚。再び求めていた勝負の世界へ

 「戦いの舞台に戻りたい」。自分の本心に気づいた理穂だったが、引退してからの1年半、自分の練習はまったくしていない。今の自分がどれだけやれるのか確かめる気持ちで、2015年の秋、全国ろうあ者大会に出場したが、この大会で優勝を果たす。その後、日本代表の選考も兼ねて行われる全国ろうあ者選手権でも圧倒的な強さを見せて優勝。国内2大大会を制したことで踏ん切りがついた理穂は、デフリンピックで再びメダルを目指すことを決意する。

 現役に復帰したものの、デフリンピックまでは2年を切っていた。引退後のブランクを埋めるべく理穂は再び卓球に没頭する。仕事をこなしながら、公共の体育館などを点々として毎日練習に励み、並行してジムにも通う日々。練習相手はろうあ者の卓球仲間や一般のクラブチームの選手、時には父や兄に相手をしてもらうこともあった。一度やると決めたからには、後悔だけはしたくなかった。

 「復帰するからには、出るだけじゃなくて、メダルを獲りたいし、悔いを残したくなかった。そのためには自分の限界までやるしかない。やりきってデフリンピックに出場しないと、復帰したことを後悔すると思っていました。練習ばかりやっていたので、周りから『たまには休んだら?』と心配されたけど、目標があったから楽しくてしかたがなかった。目標があるだけで、こんなに毎日の感じ方が違うんだというのも感じましたね」

 デフリンピックを目指す中で、理穂には結婚という大きな変化もあった。夫の亀澤史憲も同じろうあ者の卓球選手。ニコニコとよく笑う好青年で、学生時代は、みちのくの雄・東北福祉大で健常者とともに腕を磨いた。2013年のデフリンピックでは理穂とペアを組んで混合ダブルスに出場している。

 2人が出会ったのは理穂が大学生、史憲が高校生の時に参加したデフスポーツのイベント。この時のことを理穂は「覚えていない(笑)」と語るが、史憲が言うにはイベントで言葉を交わしたのが最初らしい。その後、代表合宿などで度々顔を合わせるようになり、仲を深めていった理穂と史憲。東京富士大時代は卓球漬けだったため、理穂が社会人になるのを待って交際をスタートさせた。付き合い始めた頃は、理穂は東京、史憲は仙台の遠距離恋愛だったが、史憲が大学卒業後に東京で就職。理穂の誕生日である昨年の10月28日にプロポーズされ、12月25日に籍を入れた。史憲のどんな時でも明るく前向きなところに惹かれ、一緒にいて元気をもらえる人だと理穂は言う。

夫の史憲とは2019年度全国ろうあ者選手権で夫婦Vも達成

 

 引退、復帰、結婚と、なんとも忙しい4年間を経て挑んだ3度目のデフリンピック。初出場の後輩2人を引っぱり、団体と女子ダブルスで2つの銅メダルを獲得した。先輩でありエースだった上田が引退し、今まで以上にプレッシャーもかかる中でのデフリンピックでのメダル獲得は、これまでの2大会とは違う達成感があった。

 「髙岡(里吏)さんと川﨑(瑞恵)さんは初めてのデフリンピックでの試合。私が盛り上げていくしかないので、緊張感はありました。大会前はプレッシャーを感じて、夫によく愚痴や弱音を言っていた(笑)。でも、そんな時でも話を聞いてくれて、練習に付き合ってくれたり、支えてくれた夫の存在は大きかったですね。

 デフリンピックは毎回、苦しい時間のほうが長いです。終わった時にようやく『楽しかったなぁ』と思える。今までとは環境も気持ちも、色々変わった中でのデフリンピックで、目標の金メダルには届かなかったけど、復帰して良かったと心から思えました」

後輩の髙岡(左)、川﨑(右)とメダルを獲得した2017年デフリンピック(写真提供:日本ろうあ者卓球協会)

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