−マスターズでのプレーを見ていると、20代でのシチズン時代のプレーよりもむしろ進化している感じがあります。
加藤:前よりもプレーの幅が広がっていると思います。シチズンでは常に自分よりも強い選手と一緒にやっていて、それがプレッシャーにもなっていたし、「こうならなければいけない」というのを自分の中で持ちすぎていた。もっと幅広い目線で卓球に取り組めていたら良かったと思います。試合でうまくいかない時の戦術転換についても、なかなか思い切ってできなかった。今は「これでいいや」という感じで戦術を変えていけます。
−シチズン時計でプレーした後、大阪でコーチやトレーナーとして活動し、世界選手権ブダペスト大会(2019年)には日本生命の選手のトレーナーとして帯同していました。フィーリングやラリーでの駆け引きは、その時期に培った部分もあるのでは?
加藤:そうですね、トレーナーとして相手から求められることに応えていくことで、技術の幅も広がったと思います。たとえばカウンターは現役時代はこんなに自信を持って振れていなかったし、今のほうが精度が高い。トレーナーではカットをやったり、表ソフトや粒高を貼ったラケットで相手をすることもあって、今まで自分の中になかった感覚を養うことができたし、卓球についての知識も広くなった。
−現在は地元の秋田在住ですが、指導をする機会もありますか?
加藤:出身クラブである秋田卓球会館で週に1回教えていて、その他にも講習会などで声をかけていただいた時は参加しています。個人的には、秋田の卓球界に恩返ししたいという思いがある。ぼくが高校生だった2007年に地元で国体(わか杉国体)があって、その頃は強化体制も整っていたけど、今は若い選手たちが強くなっていくのは厳しい現状があります。大阪でコーチとして活動して、周りの方々のお陰で知識の幅も広げることができたので、それを秋田に落とせるだけ落としていきたい。
−今後のプレーヤーとしての目標は?
加藤:今は秋田県の国体の代表メンバーになっているし、昨年の国体東北ブロックにも出場したので、国体で秋田県のためにポイントを挙げていきたいというのが一番ですね。
個人でマスターズや全日本社会人に出場するのは、成績だけでなく「強い人と試合をすることで指導に活かしていきたい」という気持ちもあります。コンディションが整っていないと強い選手と当たるところまで勝ち上がれないので、1大会、1大会にどこまでコンディションを合せられるか。試合をして学べる機会があるのはうれしいし、そういう点では以前よりも少し冷静に戦えているかもしれませんね。
●「いろいろな方のお陰で、いろいろな形で卓球に携わることができたからこそ、今回の優勝がある。周りの方々には本当に感謝しています」と語る加藤悠二。選手として、コーチとして、トレーナーとして、様々な経験がフィードバックされた攻守自在の両ハンドプレーは、まだ攻撃主体の選手が多いサーティの選手の中でも大いに光っていた。
来週から始まる全日本選手権では、男子シングルス・ダブルス・混合ダブルスの3種目にフルエントリーする加藤。ひとつでも多くの勝利を郷土・秋田に届けるべく、奮闘する男のプレーに注目だ。
■Profile かとう・ゆうじ
1991年9月13日生まれ、秋田県出身。秋田商業高3年時にインターハイベスト16、駒澤大4年時に全日本学生ベスト8。日本リーグ男子1部のシチズン(現・シチズン時計)に入社し、2014・15年全日本社会人ダブルスベスト8。現在は秋田市役所に勤務しながら全国大会に出場し、22年12月の全日本マスターズ・男子サーティで初優勝を果たした
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