卓球ではラケットに木材を85%以上使うルールがあり、その木材の上に天然ゴムを主原料とする「ラバー」を貼る。シェークハンドラケットならフォアとバックの両面に2枚貼ることになる。「お手軽なスポーツ」のように思える卓球でも、中級者クラスなら、ラバーは両面2枚で1万円近くする。もちろん初心者には入門用の用具があり、ラケットとラバー2枚でも1万円以下で購入はできるが、上達すればするほど、試合で勝ちたくなればなるほど、用具にお金を使うのは致し方ない。
今まで、日本と世界のトップクラスの選手が使用し、それが一般の愛好者レベルでも使っていたのは日本製の『テナジー』というラバー。「バタフライ」ブランドのタマス社製だ。ゴルフなどと違い、卓球では世界のトッププロ選手が使う用具がそのまま市販されており、一般愛好者でも卓球専門店などで買うことができる。
卓球は、200種類は超えるであろうラケットやラバーを組み合わせて、選手が自分のプレースタイルや好みに応じて、用具をチョイスするラケットスポーツだ。種類の多さ、選択肢の多さではテニスやバドミントンというほかのラケットスポーツの比ではない。しかし、トップクラスになればなるほど、彼らの要求に耐えられる用具は限定されてくる。その代表格のラバーが『テナジー』である。
卓球のラバーは二層構造になっており、ベースにはスポンジ(ゴムが原料)を使い、その上にトップシートと呼ばれる粒のあるゴムシートが貼られる。主流は粒を内側にして、表面が平らなゴムシートの「裏ソフト」である。
『テナジー』は「スプリングスポンジ」という特殊技術を使い、スポンジの中に多くの気泡を組み込んだ。そして、そのスポンジを最大に生かすためのトップシートの粒形状、密度、ゴムの配合を研究していった。卓球のラバーは中国やドイツでも製造されているが、この『テナジー』ほどの高いレベルのラバー開発はなかなか真似ができない。
この『テナジー』は以前、日本から大量に買い付けられ、それが中国で高値で売られたという経緯があり、定価6000円だった商品を2015年にはオープン価格にしたことで、実勢価格が8300円ほどになった。それほど人気のあるラバーなのである。
そのバタフライから今度は『ディグニクス』というラバーが発売された。1月の全日本選手権では市販前のこのラバーを使って、水谷隼が優勝。大会後に張本智和(写真上)もこのラバーに変え、ジャパントップ12で優勝するなど、この新ラバーが『テナジー』を上回る、卓球用具のトップラバーになる可能性が出てきた。
しかも、値段は『テナジー』を超えて、店頭価格が9400円程度になっている。トップ選手は世界選手権のようなビッグゲームでは2、3日に1枚のペースでラバーを替える。世界のトップ級の選手のインパクトはとんでもなく強い。それを練習や試合で何千球と打つと、ラバーの表面が摩耗したり、時には裂けることもある。1週間の世界選手権ならば、トップの選手たちは大会前に新品のラバーに替えて、途中で一度か二度替えると言われている。
卓球メーカーと契約して無償提供される選手は良いが、ホビー選手はそうはいかない。場合によっては2、3カ月同じラバーを使う選手もいる。卓球ラバーは回転率の早い消耗品なのだ。
世界の王座に君臨する中国選手はフォア面に粘着性のある中国ラバーを貼り、バック面にはスピードが出て、コントロールにも優れた『テナジー』を使う選手が多い。フォアとバックの球質の違いさえも、彼らは戦術の一環にしていると言われている。強烈な回転を生み出す中国ラバーには日本選手も手を焼いてきたが、去年の12月のワールドツアー・グランドファイナルの時に、水谷隼は「『ディグニクス』を使うと、中国ラバーがさほど苦にならなくなった」と語っている。
卓球は用具を使いながら2.7gのプラスチックボールを打ち合う繊細なスポーツである。世界のトップ選手はラバーのわずかな硬さの違いや、重さの違いまでを指先で感知できる。彼らは人間の反応能力の限界の中で、相手の回転を見極め、適切なラケット角度を出し、返球していく。
豪快な打ち合いの中で、卓球選手は1mm、0.1秒単位でラケットをコントロールする。21日から始まる世界選手権ブダペスト大会。地球上で最も速く、最も繊細なアスリートの戦いが始まる。
*『ディグニクス』は5月16日発売の卓球王国別冊『卓球グッズ』でも特集
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