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インタビュー

梅村礼、全日本チャンピオンが独自の視点で選手をサポート。「選手の時が一番わがままにできたと思います」

2016年世界選手権クアラルンプール大会で張怡寧(左)に再会した梅村さんと、右は楊影

 

●ーードイツに行って選手をしている時には、将来、卓球メーカーに入るということは想像していた?

梅村 それは思ってないですね。ブンデス1年目、2年目はまだナショナルチームと掛け持ちで、選手しての頭(考え)なので将来どうしようかとゆっくり考えている時間もなく、シーズンが過ぎていった。ナショナルチームから離れた頃から、「この先、私はどうしようか」と考えはじめていたんです。

 

●ーー「シュラガー・アカデミー」は、財政的な問題で、辞めざるを得ない状況になったわけだから、コーチへの未練もあったのかな。

梅村 正直に言えばありました。コーチ業が面白くなった時期だったので。ただ、若干安定を求めた時には(プロコーチを続けることに)「?」と考えるし、いろんなことを考えましたね。

 

●ーーもし日本に帰ってきたら、今だったらTリーグもあって、プロコーチの生きる道はある。実際に、ヨーロッパではプロコーチでやっていくことは本当に大変なのかな。

梅村 大変ですね。子どもたちを教えるコーチは他の仕事をやりながらコーチしている人も多い。いちばん大事な子どもの時期にちゃんと教えられていないのがヨーロッパは多い。サッカーに行った子どもが、人が多いから卓球に来ましたというケースもあって、コーチも「卓球に来てくれてありがとう」と感じながら、楽しくやってもらえばいいと思っている部分もある。

その子どもたちはちょっと卓球のできる大学生が教えたりする。一番下のライセンスは1日行ったら取れるもので、私がAライセンスを取りに行った時も、球出しの仕方、というのがあって、Aライセンスでこれをやるんだと思いました。下のライセンスは大学の授業でも取れるので、実技の経験がなくても取れてしまう。私の場合は、実技はできるけどドイツ語の筆記が大変なので、実技で全部説明したいと思ってました(笑)

 

●ーーもうヨーロッパに行ってから何年経つんだろ?

梅村 2005年からだから、もう16年ですね。定住してから10年くらいですね。

 

●ーー日本に帰りたいと思わない?

梅村 帰りたいですよ。今回のコロナで特に思いました。今までは飛行機に乗れば1日で日本に着く。

私がヨーロッパを選んだのは理由があります。

本当は中国リーグでも良かった。でも中国ならすぐに戻れる。ヨーロッパならお金もかかるので、すぐに帰れない。1年目、どれだけ自分がやれるかわからないけど、ヨーロッパで我慢して頑張ろうと思っていた。

 

●ーー退路を断つような気持ちがあったのかな。

梅村 ありましたね。簡単に帰れない環境に身を置いて、プロリーグに挑戦しようという気持ちは正直ありましたね。たまたまバトルフィ(ハンガリー)から声をかけてもらって、行くと決めた場所がヨーロッパだった。

 

●ーー今の話だと、「すごくヨーロッパに住みたい、ヨーロッパでプレーしたい、日本はもう嫌だ」というのではないのね。

梅村 それは違いますね。プロリーグでやってみたかったけど、当時は日本にはプロリーグはなかった。(松下)浩二さんがドイツでやっているのを見る機会があって、数百人の観客が1台に集中して一喜一憂する、将来自分もこういう場所でやりたいというのが始まりだった。

 

●ーー男子はそうかもしれないけど、女子のトップリーグは観客が少ないのでは?

梅村 私が最初に所属した『ラングバイト』は優勝がかかった試合では400、500人くらいは入ってました。男子の『ボルシア・デュッセルドルフ』でも相手チームによってはガラガラの時もありますからね。

 

●ーーTリーグだと、女子でも1試合の出場給が10〜20万円で、勝ったら、プラス10万円というように年俸制ではなく、試合給で支払うチームが多くて、そうすると1カ月くらい日本にいて、100万円以上稼いで帰る女子選手もいる。ヨーロッパの女子選手はプロとして「日本に行きたい」と思うだろうし、ヨーロッパでやっている選手は生活が大変という話は聞きます。

梅村 本当のトップにならないとスポンサーもつかないし、ドイツ、フランス、オーストリアなどでは選手が軍隊に所属し、シーズン中に2週間くらい軍隊に行って、その期間はブンデスに出ない。そういう選手もいますね。

 

●ーーヨーロッパの選手はチャンスがあれば、Tリーグに行きたいと思うだろうね。

梅村 チャンスがあれば行きたいと思っている人は多いし、選手とチームの間に入ることもありますね。「君のレベルじゃ無理!!!」という人からも連絡が来ます(笑)。

 

●ーーあなたが今、現役だったら、Tリーグでガンガンやって、稼いで、引退した後に「鬼コーチ」としてチームを仕切るんだろうな。

梅村 なんでそこに「鬼」がつくんですか(笑)。

 

●ーーごめん、自然に「鬼」がついちゃった。

梅村 極端な話ですけど、私があのままニッセイに残っていたらコーチになっていたかもしれない。ただ、それで今のようにコーチ業も面白いとおもっているかどうかは別の話ですね。自分が選手をやって、コーチをやって、選手をスポンサーするメーカーに入って、そこで初めて気づくことも多いですね。

 

●ーー卓球メーカーと卓球のプロコーチは別物でしょ?

梅村 卓球メーカーはここまでやるんだと思うことは山ほどありますし、選手の時が一番わがままにできたと思います。

 

●ーー梅村礼はわがままな選手・・だったのかな(笑)。

梅村 今思えば、かなりわがまま(笑)、言いたい放題言ってたなと思います。

●ーーでも、実力もあって、強かったから言うだけの資格はあった。

 

2012年シュラガーアカデミーにして。右はボロス(クロアチア)。真ん中の人はPolona Cehovin (ITTFのhigh Performance & Development )

 

 

 

 

●ーー今梅村さんがタマスヨーロッパでやる仕事は、選手対応?

梅村 そうですね。選手対応や契約の仕事で、ヨーロッパ全般、中東、アフリカや、ヨーロッパに来ている南米の選手や、日本選手までやります。

 

●ーー選手の時にはわがままで、メーカーからケアされる側だったと思うけど、今は選手をケアする立場、縁の下の力持ちになっている。

梅村 「言っている意味、わかってんの?」と感じることは多いです(笑)。

 

●ーーそれって、かつての全日本チャンピオン、五輪代表、2004年世界選手権ドーハ大会でのちの五輪金メダリストの張怡寧を破った「梅村目線」が入ってるね。(笑)

梅村 そうですね(笑)。その目線、入ってます。ボロスとはよくそういう話をします。「このレベルでこんな話してくるけど大丈夫か??」と(笑)。がっちり選手目線が入り、コーチ目線も入りますね。

私は他のタマスの人と同じような選手サポートをしなくてもいいかなと思っています。選手上がりで選手サポートしている人はいても、コーチをした経験を持っている人はいないので、この子をこの先どういうふうにしたら強くなるんだろうと考えながら、用具のアドバイスをしてみます。新商品は全部試打して特徴をつかむようにしてます。

選手は新しい物好きで、特に男子選手は新しいものに関心を持つけど、明らかに合わないなという選手がいます。言ってきても、「このラバーを使うんだったらプレー位置も少し変えなきゃいけないよ」と言います。そういうアドバイスをできる人はそうはいないんじゃないかな。それが自分の持ち味かなと。選手にただ用具を送って、試してください、というのではない。

 

●ーーやりがいとはなんだろう。

梅村 選手が自分にマッチした用具で強くなったり、将来的にヨーロッパで強くなるなと思った選手を見つけて、契約して、実際に強くなって成績を上げていくと、「ああ、自分の見方はまだ間違ってなかった」と思いますね。取り合いになるような選手になってくれると会社としては大変ですけどうれしいですね。

 

●ーー以前だと、マリオがタマスと契約して、若い選手のスカウティングをして、その横にはいつも今村さんがいた。今村さんのネットワークはヨーロッパでは非常に有名だけど、今は梅村さんがそういうスカウティングをするんですか。

梅村 そうですね。コロナの前はヨーロッパユース選手権、世界ジュニア、世界選手権などに行くようにしてました。若手の状況を把握することは今私がやっています。

 

●ーーヨーロッパの今の地盤沈下は深刻です。ヨーロッパが弱いと卓球は面白くない。1980年代、90年代のヨーロッパが強かった時には世界選手権も面白かったし、80年代のヨーロッパ選手権というのはアジアの試合と違って、本当に見ていて楽しかった。クリエイティブな卓球だった。最近はヨーロッパもアジアもプレースタイルが画一化されているし、ヨーロッパ全体のレベルが落ちている。今のボルやオフチャロフがいなくなるとヨーロッパはどうなるんだろうという危機感があります。

梅村 おっしゃるとおりで、昔と比べても個性的な選手がいなくなった。昔は、選手の名前を知らなくても「こんなサービスを出して、こんな打ち方をする人・・」と話すと、「あ、それはあの国の○○という選手だよ」と話がつながったのに、今はみんなが同じような打ち方をしているので名前が覚えられないんですよ(笑)。これってたぶん情報社会でトップ選手の動画が見られうようになって起きている現象なんですよ。土台ができていないのに小手先の技術ばかりに走って、土台がないから長続きしない選手が多いと思う。

それに昔のようなハングリーさがない。ヨーロッパの特徴かもしれないけど、夏休みは子どもたちは練習しない。自分の親がやっているとそういう子どもは練習して強くなっていく傾向がありますね。だから中国系の選手も増えていますね。

 

●ーー根本的に、コーチが食べていけない環境も関係あるでしょ。

梅村 コーチだけが理由ではないような気がする。こっちの人は休暇が長いから。

 

●ーーでも、そういうヨーロッパの生活様式は昔からのものじゃないの? ヨーロッパが強かった時代でも彼らはシーズンオフは休んでいた気がする。

梅村 いや、最終的に上に来る選手というのはシーズンオフとは言え、ボルでもフランチスカでも、2カ月も3カ月も休まない。1、2週間休むことはあっても、結構オフでも練習はしてますよね。今の子はがっちり休みますから。休みの後に体型が変わっている選手がよくいるし、合宿初日で怪我する子もいます。たしかにコーチのレベルはアップさせなきゃいけないと思うけど、コーチだけの問題ではない。

 

●ーー元全日本チャンピオン、元プロコーチとしての梅村さんは今の日本の卓球界をどう見るんだろう。

梅村 う〜ん、難しいですね。(笑)言いにくいですね。正直、今の日本は若い選手がたくさん出ているけど、特徴がないですよね。特徴のある選手が本当に少ない。

 

●ーーその中で伊藤美誠選手のようなスタイルはユニークなんだろうか。

梅村 そうですね。私が現役の時もヨーロッパからは「日本人でひとくくり」にされていたけど、ひとくくりにされたくないからあえて違う部分を見つけていたと思うんですね。「日本人の対策練習」とされるのではなく、「梅村礼の対策練習」をされる選手にと思っていた。それは国内にいる時でも海外にいた時でも同じ。だから、自分にしかできないプレースタイルでいこうと。

「梅村は9−9になったらこれをするよね」でもいい。「それが梅村だよね」と言われるプレースタイルが良かった。今は、全体的にラリー志向になっている。美誠だけは違う道を行っているから、相手は対応しにくい。

男子は典型的にそうですよね。みんなチキータをやって、両ハンド振って、中陣まで下がって、とか。みんなシステムも同じだから、みんな同じ選手にしか見えない。

それって卓球王国も悪いんですよ(笑)。

 

●ーーすいません、情報発信してるからね。(笑)

梅村 トップ選手の練習とかを紹介しているわけだから。

 

●ーー最後に、梅村礼はどうしますか? ドイツに骨埋めますか?

梅村 それはないと思う。う〜ん、わからないですね。このコロナで自分の考え方も変わりました。年明けに祖母が亡くなって、帰れなかった。今までだったら飛行機に乗って帰れたのに、自分の中で考える部分が増えたのは事実ですね。

卓球界もアジアが特に強くて、ヨーロッパが盛り返していかないと卓球界がどんどんまずい方向に行っているのは実感します。WTTが始まって、国際大会に出場できる選手が限られている中で、試合場所としてヨーロッパでプレーをしたいという人が増えている。全日本選手権でも男子のベスト4のうち3人がブンデスリーガを経験しているということで、ヨーロッパに来たら強くなると思っているけど、それは違う。みんながみんなドイツに来て、ボル、オフチャロフと練習できるわけではない。及川君もドイツで苦労して練習しているのを見ていました。そういうのを知らず、ドイツに行ったら強くなると簡単に思っている人はたくさんいますね。ニューフェイスが増えてリーグがどう変化するかはいつも興味がありますが……。

 

●ーーそれで、自分自身はどうするの?

梅村 今村さんを見てきて、今村さんのようになりたいという気持ちもあります。でも、それがどれだけ大変なことなのかということもわかります。これからじっくり考えます。

<インタビュー 2021年6月18日>

 

うめむら・あや

1976年12月4日生まれ、北海道出身。2001、2002年度全日本選手権優勝。世界選手権6大会出場、2004年五輪代表。2004年世界選手権ドーハ大会の中国戦で当時世界ランキング1位、同年のアテネ五輪金メダリストの張怡寧を破り、中国を追い詰めた。2005年からヨーロッパを拠点にプレー。プロコーチを経て、2015年にタマスに入社

 

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