「仕掛け人」と「天使」は紙一重。なぜ卓球のラバーが高くなったのか!? 後編
スピードグルー禁止、ブースターの使用による「後加工(あとかこう)禁止」というルール改変の中での『テナジー』の大ヒット。その売れ方を注意深く見て戦略を立てていたのがXIOMだ。
もともと『テナジー』が2008年に6000円で発売したあと、『テナジー』によく似た性質のラバー『ヴェガ』を3千円台で発売するという「暴挙」に出て、ユーザーは買いに走った。
ひとつのシーンを覚えている。その場にいたのは、XIOMのフィリップ・キム社長と、ドイツESNのゲオルグ・ニクラス社長。まだ構想段階の『ヴェガ』を切々とニクラスに語るフィリップ・キム。「利益が小さくても、いやマイナスになってもいいから、ひとつのラバーでマーケットの過半数を取りに行く。それが『ヴェガ』だ」。マーケットの主導権を握り、その後、徐々に値上げしたり、上位機種を出してそこで利益を取りに行く手法だ。
それを聞いていたニクラスは苦笑いするだけ。「早まったことをするな」という表情を見せ、おそらくそれをXIOMが実行したら、他社のクレームや質問がESNに殺到することを想像したのだろう。
「まるでギャンブラーのようだ」とフィリップに言うと、「これはギャンブルではない。マーケティングの常套手段だ」と真顔で言われた。
この時の話はその後、現実のものとなる。
コストパフォーマンスに優れた『ヴェガ』が2009年に発売され、大ヒット商品となり、卓球愛好者のすべての層で受け入れられた。そして2018年、『テナジー』のオープン価格と値上げを見届けながらXIOMは『オメガⅦ(セブン)』シリーズを7700円(税込)で出した。定価は高いが、ショップで1割引なら6930円、2割引なら6160円となる。『テナジー』よりは2千円近い安い売価だから勝負できると思っていたが、実際には『ヴェガ』のようにはいかなかった。
卓球市場での大ヒット商品というのは、性能・値段・市場の動向、トレンド(流行)の方向性などが一致しないと生まれない。
XIOMは他社にはまるで目を向けずに、卓球市場をリードしているバタフライだけを意識したマーケティングの戦略を作ってきた。
一方、バタフライは『テナジー』の上位機種とも言える『ディグニクス』を2019年に投入。他社がまだ『テナジー』に並ぶラバーを発売していない時期にリリースした。9000円を超す販売価格だ(9405円/国際卓球)。
新しい機種は最新のテクノロジーを使っている進化版だというバタフライのロジックがあるならば、次に出すラバーは1万円を超えることになる。
昨年から一部の選手だけに供給していたXIOMの『オメガⅦツアーi』の評価は高い。今年になって本格的に発売するようになった。しかし定価は1万円を超え、国際卓球販売価格は9328円。ほぼほぼ『ディグニクス』と同じだ。
そうなるとユーザーは『オメガⅦツアーi』の評価が高くても、『テナジー』より高く、『ディグニクス』と同等の性能と価値がこのラバーにあるのかという考え方をする。
平亮太監督率いる正智深谷高の選手がこのラバーを絶賛しているが、一般愛好者の中上級者レベルが、この『オメガⅦツアーi』にその価値を見出したら、ある一定の「ハイエンドユーザーのシェア」を持っていくかもしれない。
ニッタクが発売した中国・紅双喜の『キョウヒョウ3国狂ブルー』(税込定価16500円・国際卓球販売価格13200円・予約商品)は中国のナショナルチームが使うラバーと同等という触れ込みが、セールスポイントだ。しかし、使いこなすのは相当の技量とスイングスピードが必要とも言われている。
陰では「ブースターを使わなければ硬くて無理」と平然と言う選手もいるが、後加工というルール禁止行為をささやかれる用具なのは残念だ。
一部のトップ選手がすでに使っていたために「発売せざるを得ない状況」にあったと推測できる。世界のトップ選手たちが使っていると言われれば、どんな選手でも「一度は使ってみたい」と憧れるのも無理はない。
同じゴムでできる商品で言えば、車のタイヤは1本数千円で買える。卓球のラバーは緻密で手間のかかる商品だとしても、今や卓球のラバーは車のタイヤよりも高くなっている。しかも、車のタイヤは3万キロから4万キロは走れるが、卓球のラバーは長くもっても2、3カ月なのだ。
もはや卓球のラバーの正常価格は誰もわからないようになってしまった。このままエスカレートしていくのだろうか。
バタフライが意図的に高価格路線を敷いているとは思えない。中価格の『ロゼナ』(税込5500円・国際卓球4400円)を発売し、なんとか市場の中でのバランスを保とうとしている。
だが、実際のラバー市場は(意図的でなくても)バタフライが動かしているのではないか。値段に関しての他社やESNの駆け引きも、常にバタフライが念頭にあるとしか思えない。
卓球市場を代表する『テナジー』を上回る性能のラバーをESNが開発し、他のメーカーがそれを安い価格で出したら、大きな衝撃になる。
その有力候補として、春先にティバーが販売した『エボリューションMX-D』(7150円税込)の名前が挙がっている。販売価格も5720円(国際卓球)と、『テナジー』よりも2千円以上安い。トップ選手の反応もすこぶる良く、競争力のあるラバーの登場と言えるだろう。
トップ選手たちはメーカーと契約することによってラバーを一定枚数をもらえることになっているから、現役でいる限りはラバーの価格など気にしないだろう。
しかし、一般愛好者にとってラバーの価格は大きな関心事である。
「仕掛け人」と「天使」は紙一重だ。
「誰がラバーを高くしたのか?」という問いへの答えは、1997年の久保であり、バタフライが「一時的に」当事者である。しかし、他のメーカーが当時も今も高価格化に便乗したのも事実で、その恩恵を受けている。
常に市場での鍵はバタフライが握り、高価格化という暴走を止めるのもバタフライかもしれない。また、ドイツで同等の性能のラバーが製造されたとしても製造する側もメーカーも安くは供給しないだろう。
ユーザーも、「高いラバー=性能が良い」という思い込みを捨てるべきだ。「高いラバーはある一定の層が買いに来る」という消費者心理を読んでいるからこそ、メーカーの値付けが始まっているのだから。
ラバーの高価格化のサーキットブレーカー(強制的な停止)として、ほかよりも安くて良質のラバーを市場に出し、この異常事態を収めるメーカーが現れるのか。
1997年に『ブライス』が登場するまで、日本と世界のトップ選手が使う最上位ラバーが2800円の『スレイバー』『マークV』だった。そしてこの年を境に5000円の『ブライス』が登場し、2008年に6000円の『テナジー』が標準となり、2015年の『テナジー』の値上げで、トップラバーの標準が8000円になった。24年経って、この価格の上がりようが正常な状況と言えるのだろうか。
市場的に言えば、『テナジー』クラスの性能で、売価5000円くらいのラバーが出て、大きなシェアを取っていけば、「ラバー高価格化」の波は抑えられるだろう。
果たして、ユーザーにとっての「天使」は出現するだろうか。
(文中敬称略)
<卓球王国発行人 今野昇>
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