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今野の眼

伊藤美誠、選考会の涙の意味。世界と国内戦の狭間で、何が彼女を苦しめるのか

中国を倒すために練習をやり込みたいのに
それができないもどかしさ。
世界を目指すべき選手が、
国内選考会で疲弊していく

ミックスゾーンで涙をこぼしながら伊藤は話を続けた。
「来年になったらもっと国際試合が増えていくスケジュールです。もうTリーグとか国内選考会がかぶっちゃうんじゃないかと思うくらい国際大会があるので、どのようにやっていけばいいかなと考えています。
今回もサービス、レシーブだったりとか、そこに時間かけられなかった部分はすごくあったと思います。打ち合いとかの部分は普通に練習をさせてもらえたらできるけど、細かい部分はやっぱり時間をかけないとなかなかできなかったりする。そこはめちゃくちゃ難しくて、試合前はそういう細かい部分を大事にしたいので、本当に今回は練習の調整だったり、準備が全然できていなかった。
自由にしたくても自信がないと自由にできないし、気持ちを強く持っていても、結局『これできるかな?』みたいになってしまう」(伊藤)

今までの五輪では、世界ランキングを上げていくことが、イコール「五輪代表」の切符になっていた。過去に日本のトップ選手たちは血の涙を流しながら、過酷な戦いの末に代表切符を勝ち得てきた。辛くても、世界で勝つこと、中国に勝つことで世界ランキングは上がっていくので、方向性は同じだった。
しかし、今は中国との差を縮めることと、日本国内で勝つことの両方を求められ、国際大会から帰国し、わずかな時間で調整をしなければならない。しかも、選考会1日目には数時間の中で7ゲームスマッチを3試合行い、負けた翌日も2試合(順位決定戦)を行い、そのインターバルはわずか1時間ほどだった。近年の国際大会でこのようなスケジュールで試合を行うことはない。選手への負担は相当に大きいだろう。
「平野選手も重点的に練習していたことを記事で見たんですけど、『そりゃそうだな』という気持ちです。自分の中でも3回戦で当たるので平野選手の対策をし切れないままだったし、自分自身が良くないので、自分にも集中しなきゃいけないし、相手も見なきゃいけないというところで、集中し切れなかったと思います」(伊藤)

世界ランキング最上位選手、五輪メダリストの伊藤美誠がパリ五輪の優待切符を受けられないとしても、2024年8月のパリ五輪に向けて、22カ月前の今からこういう試練を乗り越えなければいけないのだろうか。
しかも、今回の選考会は序の口で、協会が示した選考対象の試合は残り13カ月間で9大会(世界選手権、アジア競技大会、アジア選手権を含む)あり、その合間に行われるTリーグの勝利ポイントも加算される。しかも、伊藤のようなトップ選手たちは選考ポイントとは関係ない世界ランキングを上げるために、WTTという国際ツアーに年間で7〜10大会近く(2022年は世界選手権を含む7大会)出場することが予想される。
このままでは日本を代表する選手たちは壊れてしまう。
そもそも協会の強化本部の主たる仕事は「日本が世界選手権と五輪で勝つ」ための日本のトップ層の強化、環境整備のはずだが、最近は選手強化は母体に委ねているのが現状だ。
五輪でメダルを獲得してきた過去を見れば、結果として卓球の人気と認知の向上、普及にもつながってきた。一方、「Tリーグの勝利も五輪選考ポイントにすることでリーグの活性化を図る」というのは無理がある。最強選手の選考とリーグの活性化は別の問題だ。競技ルールの違う団体戦のTリーグを選考ポイントに入れ、それによって選手を疲弊させることは協会の本意ではないはずだ。
選考会も32名で争うことが出場機会の公平化と言えるのか。小学生や中学生(張本美和は別格、シニアレベルの強さだが)を加えることが公平性と言うのだろうか。

日本卓球界のためにこれほど貢献している伊藤が苦しんでいる。世界で勝つために鍛錬できない悔しさと、彼女自身の体とメンタルが思うように整わない苛立ち。伊藤美誠の涙から見えたのは、なんとも切なくやり切れない感情だった。
協会関係者、強化担当関係者は彼女の涙を見たのだろうか。彼女の心情を理解したのだろうか。
いつの時代でも卓球選手たちは自身のために世界で戦い、日の丸を付けて戦うことに誇りを感じ、日本卓球界のために貢献してきた。競わせるだけでなく、代表選手を守るために強化本部は動くべきではないだろうか。
「もっと練習して強くなりたいです。自信を持って戦いたいです」。そう絞り出すように語った伊藤美誠は、選考会の後すぐにタイのバンコクに飛び立ち、選考ポイントの対象外のアジアカップを戦っている。その身を削りながら。 (今野)

 

日本卓球界の至宝、五輪金メダリストの伊藤美誠も、世界と日本の間で過酷な戦いを強いられている

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