卓球王国 2021年7月20日 発売 vol.292
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馬龍「戦いの場から逃げるくらいなら、 自分のことを信じよう」

決勝の第5ゲーム、9-10になった時に

07年大会決勝の

王励勤と馬琳の試合が脳裏をよぎった

 

●–準決勝で戦った樊振東は、最近非常に勢いのある選手だし、あなたは負けたこともある。しかし、この準決勝はまったく相手にチャンスを与えないプレーでした。どうやってあんなプレーができたんですか?

 メンタルの部分で、入念な準備をしたんだ。ぼくはそれまでの3回の世界選手権で、全部準決勝で負けていたし、今回の相手は樊振東。プレッシャーはとても大きかった。樊振東とは相性があまり良くなくて、この半年くらいで言えば負け越している。だから試合の出足から、120%の集中力で入った。余力は残さず、出足でリードして試合をコントロールしようとか、そういうことも一切考えなかった。より積極的なプレーで主導権を取りにいかなければ、樊振東に勝てないことはわかっていたからね。

準決勝に入る前は、決して油断はしなかったし、試合では全力で相手に向かっていった。相手が自分のことをどう考えているかとか、そういうことは全く考えなかった。

実際に準決勝で一番良かったのは、プレッシャーに対して開き直って戦えたこと。自分の気持ちが決まっていたから、最初からすごく楽な気持ちでやれた。どんな場面でも冷静にプレーできて、出足から相手にプレッシャーをかけていけた。第1ゲームで9︱0になった時、樊振東が自分のプレーに対応できていないなと思ったよ。これまでは、ぼくは第1ゲームは割と安全に入っていたけど、あの準決勝では最初からガンガン攻めていった。これは彼も予想していなかっただろうね。

 

●–準決勝でのプレーには満足していますか?

 すごく満足しているよ。

 

●–決勝進出を決めて、まだ相手が決まる前は、ずっと張継科に対する準備をしていたんじゃないですか?

馬 ぼくが決勝でのプレーを想像する時、その相手は常に張継科なんだ。特に意識して対策を立てることはなかったけど、ホテルに戻って休んでいる時も、ずっと彼との試合のことを考えていたよ。午後5時過ぎにベッドから起きてきて、初めて相手が方博であることを知ったんだ。その瞬間、ぼくの頭の中では、すぐに対戦相手が入れ替わった。

技術も戦術も、国家チームのチームメイトだからお互いに知り尽くしている。どんなに酔っぱらっていても、相手の技術と戦術の特長はすぐに思い出せるだろうね。だから準備すべきは、主に精神面ということになる。

ぼくと方博の条件は同じで、ふたりとも初めての決勝進出。ぼくは改めて、自分の意識を変える必要があった。もし決勝の相手が張継科だったら、ぼくは何のプレッシャーもなく、ただ全力でプレーすればいい。でも方博との試合だと、正直に言って「優勝するチャンスだ」という感じがあった。運に頼るような考えは捨てろと常に自分に言い聞かせていた。

 

●–決勝はあなたにとって、どのような体験でしたか?

 第7ゲームまで戦う準備はしていたよ。どちらかというと、試合の後半にペースを上げていく感じだった。

試合の前半に自分が劣勢になるとは考えなかった。ぼくは総合力で言えば方博より上。だから第1ゲームに2ー6でリードされても、まだ対応する余裕があったし、第1ゲームを取れた。第2ゲームはちょっと安全なプレーが多くなってしまって、ゲームカウント1ー1になったけど、そこからの2ゲームはまたプレーを調整して、自分の得意な早いリズムのプレーを取り戻すことができた。

スコアが3ー1になった時、第5ゲームは相当「勝ちたい」と思ってしまったことは事実だね。だから、それまでのように自分から点を取りに行くのではなく、守りのプレーになってしまった。

決勝での方博は、これまでの対戦と比べて凡ミスがすごく少なかった。それに、ぼくがミス待ちのプレーになって、相手に読まれやすいボールが多かった。いつもと同じ落点(ボールのバウンド地点)、同じコースのボールを打っていたら、すぐに相手に隙を突かれてしまう。ぼくたちはお互いのことを知り尽くしているからね。誰がどんなボールに慣れているか、そんなことはみんな知っている。

第5ゲーム後半は方博のプレーもとても良かった。スコアが9ー10になった時、07年ザグレブ大会決勝の馬琳と王励勤の試合が脳裏をよぎった。あの試合もゲームカウント3ー1のリードから、馬琳が逆転されているから。

結局、第5ゲームを落として、第6ゲームの出足は0ー2とリードされた。今こうして話すのは簡単なことだし、きっとたくさんの人が「相手は方博で、実力的には07年当時の王励勤のような強さや、試合をひっくり返すほどの力はない」と感じるだろうね。でもその時は、台の向こうに立っているのが(卓球のできない)自分の父だったとしても、ちゃんとプレーできないくらいに感じた。

その時、ぼくはすぐ自分自身に言い聞かせたんだ。もう前のゲームのことは考えるな、頭を切り換えろ。この第6ゲームを落としても、第7ゲームに全精力を集中して、良いプレーをしなければいけない。落とした第5ゲームを惜しんでいるくらいなら、次の第7ゲームのこと↖を考えろ。そう考えられたから、自分を救うことができたのかもしれない。まだ大きくリードされたわけじゃなかったし、ぼくの気力は萎えていなかった。

もし昔の自分だったら、ずっと第5ゲームのことを後悔して、頭の中でもそのことばかり考えていただろう。プレーが粗くなり、相手に1、2球ラッキーポイントが入ったらすぐにゲームをあきらめていた。でも今回はしっかりプレーできた。スコアを挽回してリードを奪い、また自分のリズムを取り戻すことができた。7ー3でリードした時、方博が不意にロングサービスを出そうとして、サービスをミスしたんだ。その時、「方博はもう精神的に崩れているな」と思った。ぼくは勝てると感じた。そしてついに、勝利をつかむことができたんだ。

今思い返してみると、決勝でのプレーはとても良かったと思う。想像よりも良かったくらいだね。