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インタビュー

【People 森谷行利】岡山を愛し、卓球を愛する「院長先生」の飽くなき探究心

 近年、全国ホープス選抜で男女チームが3年連続で優勝(2017~2019年)。中学・高校の女子で長年ライバル関係を築く就実と山陽学園の存在もあり、ジュニア以下の選手の活躍が目立つ岡山県だが、一方で有望な選手はその多くが県外の強豪校に進学していく。Tリーグの岡山リベッツが誕生した今、より地域密着で子どもたちを育て、岡山の卓球界全体を盛り上げられないかというのが森谷の想いだ。

 

−岡山市に来ると、非常にスポーツが盛んな印象を受けますが、卓球も子どもたちの活躍が目覚ましいですね。

森谷:小学生の卓球熱が熱いね。全国、津々浦々にクラブがあるのに、ホープス選抜でも連覇していてすごいなと思います。子どもたちの個性をうまく伸ばす指導者が多いですね。

 ただ、小学生が強くても、県外の強豪中学に進学することが多い。せっかく岡山リベッツというTリーグのチームができたのだから、下部組織をしっかり構築していくことをもっと考えてもいい。地域密着で、岡山の卓球をもっと盛り上げられたらいいですね。

 岡山リベッツは地元の関西高校のOBが中心になってクラブを運営していますが、私もOBチームの関西クラブの一員なんです。関西高校OBではないけれど、「関西」医科大出身だから関西クラブに入ってもいいかと(笑)。

−関西クラブといえば、全日本マスターズのフィフティ(50歳代)で優勝した関西クラブの枝廣一志さんも、こちらの卓球場でよく練習していると聞きました。

森谷:当院の卓球場で、私ともいつも練習しているんですよ。枝廣さんは練習でもミスをしないし、本当にリスペクト(尊敬)しています。あの人のブロックというのは、ラケットの打球面じゃなくて、最後は分厚い胸板で抑え込んでいる。仕事は石材を扱う石屋さんだけど、ブロックは石どころじゃない、鉄壁だと言われてるよね(笑)。

鉄壁の両ハンド攻守を誇る枝廣一志(関西クラブ)は、森谷の卓球場の「常連」だ

−森谷さんの、今後の選手としての目標はどこにありますか?

森谷:一度は全日本マスターズに出たいね。目標としては優勝とは言わず、出られたらいいなと思います。

−マスターズの舞台で、表面のバックドライブが決まったら気持ち良いでしょうね。

森谷:そうですね、ペンホルダーは前陣ではショートとプッシュが使えるし、中陣でのバックドライブがあれば戦術の幅も広がりますよ。まあ趣味だから、男のロマンを追求している部分もあります。「最大限の未完成」でもいいのかなと。

 それにペンホルダーというのは技術面での制約が多い分、みんな努力をしているんですよ。シェークの選手が努力をしていないわけではないけれど、人一倍努力をしないと勝てないスタイル。そこもペンホルダーに感じるロマンというか、魅力ですね。頭を使わないと勝てないから、中国では王皓とか馬琳とか、日本なら男子ナショナルチームの田㔟邦史監督とか、指導者としての能力も育ちますよね。

森谷愛用の中国式ペンホルダーは、9mmの桧単板の特注モデル。チューンナップにもこだわりを感じる

−今はシェーク全盛の時代ですが、先入観を持たずにペンホルダーの可能性を追求する姿勢は必要かもしれませんね。

森谷:人のやらないことに挑戦することで、自分なりの特色が出せると私は思っているんです。人のできないことはできないけれど、人のやらないことはできる。

 卓球場にドローンをホバリングさせて、プレーの連続写真を撮ったこともあります。「誰も撮ったことのない写真を撮ろう」と思ったんです。その時に思いついたのが、ドローンについているカメラには、機体が動いても揺れを制御して被写体にレンズを向ける『ジンバル』という機能があるでしょう。大きく動くペンホルダーも、「コンマ何秒」の世界でジンバル的な動きによって打球面を調整できれば、打球の安定性が増すかもしれないと。これも男のロマンかもしれませんけど(笑)。

 今年1月に新卓球場が完成した森谷外科医院は、今や岡山の卓球界の隠れた「聖地」だ。朗らかによく笑い、よく語る卓球場の主、森谷行利は今日も忙しい仕事の合間にラケットを握り、「会心の一本」を求めて飽くなき探究心を発揮し続けている。

 

●profile もりたに・ゆきとし

1951年2月9日生まれ、岡山県出身。関西医科大学に入学後、卓球部に入部し、西日本医歯薬学生大会では団体優勝。1988(昭和63)年に森谷外科医院を開業し、現在は理事長・院長を務める。54歳の時に卓球を本格的に再開し、自らもプレーしながら、医院の敷地内にある卓球場を地元の卓球愛好家に開放している

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